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マツモトコージ苑
     1998年  (最終更新日 : 2005/06/20)
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クイアバと周辺の日系人(後篇) (2005/06/20) (4)

石屋の主人(坂本さん).jpg
突然の訪問を快く歓迎してくれた心優しき坂本さん
 日本週間の開会式があった翌日、クイアバから西へ約二百km離れたカセレス市で市の観光局に務める田中・広田ミカさん(四六、高知県出身)が、奇岩と滝で有名な観光地のシャッパーダス・ギマランエスに案内してくれた。
 ミカさんは元々、タンガラ・ダ・セーラで体育の教師だったが、三年前、四十三歳の若さで定年退職し、今年から現在の観光局で働き始めた。
 一九五五年、三歳で両親に連れられてブラジルに渡ったミカさんは、二十八歳までの多感な時をパラナ州ロンドリーナで過ごし、その後タンガラへ。夫は同地で米栽培を行っていたが、九一年に心臓病で亡くなった。
 現在、二十歳の長女と十九歳の長男はそれぞれ、クイアバとクリチーバで学生生活を過ごしているため、ミカさんはカセレスで一人暮らしの日々を送っているが、持ち前の明るさで、寂しさを感じさせない。
 「それでも九〇年に(ブラジルに移住してから)初めて日本に行った時は、嬉しいやら、悲しいやら何とも言えない気持ちになりました」と日本人一世としての本音を語る。
 クヤバから約七十km。シャッパーダス・ギマランエスの奇岩群が見えてくる。直接「花嫁のベール」と呼ばれる滝へと向かうが、九六年に訪れた時よりも道路などのインフラ設備が良くなっている。滝の入り口付近には以前は見られなかった料金所が間もなく設置される様子で、州政府の観光客誘致への意気込みも見られる。
 滝自体は、季節外れなのか観光客はほとんどおらず、ちょうどこれから雨季が始まるとのことで水量は普段の半分もないとミカさんが説明してくれた。
 昼食をとるために市内の中央地区に入ったところで、たまたま日本食のレストランを見つけた。「石の家」の名前の通り、同地で採れた石が壁にびっしりと埋め込まれている。
 主人は坂本逸馬さん(六六、福岡県出身)。カセレスに約十年間住んでいたことから、ミカさんとも話しが合った。
クイアバ(坂本さん).jpg
石でできている「石の家」
  坂本さんは、五五年にクイアバを経由してカセレスに入り、リオ・ダス・カスカ発電所で変圧器の使用方法をブラジル人に教えていたが、その後ロンドニオ州ポルトベーリョに移り、三十年にわたって航空会社の技術士として働いた。
 坂本さんが同地に入った頃は日本人家族も十三家族いたが、苦しい生活に耐え切れず、次々に離れていった。その苦労を見ていた坂本さんは、日本人家族に無利息で金を貸したりもしたが、返されないまま逃げられもした。逆に坂本さんが自動車事故で寝たきりの状態になった時は、誰一人面倒を見てくれる日本人はいなかったという。
 その後、日本での就労を経て再びこの地へと戻ってきた。元々の手先の器用さを生かして開業した日本レストランに来る客は、ほとんどがブラジル人。昔のいきさつがあったにもかかわらず、「日本語をしゃべるのは久しぶりだ」と突然の訪問者を快く歓迎してくれた。
 「日本もいいけど、やっぱりブラジルがゆっくりできるよね」
 坂本さんとミカさん、二人の口から出てきた言葉だった。
 
(5)

 カセレスに着いた翌日の十月三十一日、ミカさんが釣りの格好をして迎えに来た。この日は連休の初日でもあり、パラグアイ河で釣りを楽しめる最終日とあって、朝早くから自家製のボートを河に浮かべる友達連れ、家族連れも多い。
 パラグアイ河は十一月一日から来年の一月三十一日までの三ヵ月間、魚たちの産卵期のため禁漁となる。
 カセレスは毎年、マット・グロッソ州政府、EMBRATUR(ブラジル観光局)の協力により、国際釣り大会(FIP)が開催されている。その規模はギネスブックに載るほどで、今年九月に開催された大会にはブラジル国内をはじめ、アメリカ、ヨーロッパなどの海外から約千五百人が集まった。
 ミカさんと一緒に同行してきた市役所に勤務するというブラジル人女性のスージーさんと河のガイド役を務めるアリルドさんとともに、四人で船外機付きの小型ボートに乗り込む。
 パラグアイ河をさかのぼること約一時間。
ミカさん(クイアバ).jpg
パラグアイ河を案内するミカさん(右)
 まずはピンタード、ドラードなど淡水魚のエサとなる「サワ」という小魚を釣る。そのためのエサはミーリョ(トウモロコシ)だが、アリルドさんの案内でボートを河岸付近に横付けして竿を垂らすと、面白いように釣れる。
 二十匹ほど釣れたところで、いよいよ本番のピンタード釣りへと出かける。 
 水草の生えた浅瀬付近にボートを固定して、本格的に釣り始める。最初にあたりがあったのは、スージーさん。なまずの一種「バルバード」を釣り上げた。体長約四十cm。マット・グロッソ州では九五年の環境保護の法令により、規定以下の魚が釣れてもリリース(解き放つ)しなくてはならない。
 「バルバード」は六十cm以上なければならず、やむなく河へと返す。ちなみに、「ピンタード」は八十cm以上、「ドラード」は五十五cm以上の体長がなければ持ち帰れないことになっている。
 自然とのふれあいを通じた観光を目指す州政府では、「エコ・ツーリズモ」に特に力を入れている。
 クイアバの岡村会長は、これらの観光客誘致のためにもブラジル社会と日系人とのつながりが必要だと声を大にする。
 今年からカセレス市の観光局に勤務するミカさんも、「まだまだ知られていないパンタナールの魅力を知ってほしい」と一生懸命だ。観光のインフラ設備を良くしようと観光局主催で週に一回、ホテル関係者、タクシー運転手や警察官など各業種別に話し合いが繰り返されている。「エコ・ツアー」の円滑な実施が、内外からの観光客を呼ぶことになるからだ。
 来年、FIPは開催二十回目を迎える。日系人のみならず、州、市の関係者の誰もがその成功を望んでいる。
  
(6)

クイアバ(カセレス).jpg
テーブルマウンテンが見えるカセレス
 今回、案内役に徹してくれたミカさんから、カセレス市で唯一の日系議員に引き合わされた。
 岸ウィルソン・マサヒロさん(三七、二世)は、二十八歳の時から市議会議員を務めており、現在三期目。当選当時、最も若い市議として注目を浴びた。
 カセレス文化体育協会の会長も務めている岸さんは、クイアバの岡村会長とも懇意にしているとのことで、気さくに取材に応じてくれる。
 岸さんによると、カセレスの日系議員は八八年で二人、九二年で四人いたが、日本への就労などの影響もあり、現在では岸さんのみとなっているという。
 岸さんにカセレスの町を案内してもらった。その間、日系、非日系に限らず、道行く人々にさりげなく声をかけていく。岸さんの人柄が、土地の人の心を和ませる。
 町は中央地区といってもまだ土道が残っているところもあり、暑いせいか人々の服装も簡素なもので、表面的には素朴そのものといった感じだ。
 しかし、カセレスはボリビアとの国境七十kmの地点にあり、密輸の中継地になることも多い。そのため、治安も必ずしも良いとは言いきれず、案内してもらっている間にも、市内のDETRAN(交通局)が盗難の被害に遭ったとの情報を受けた。岸さんと一緒に現場に駆けつけると、すでに職員たちが来ていたが、引き出しなどが乱暴にひっくり返され、金品などが盗まれたと、うな垂れた表情をしている。十月に入って二度目の被害だという。
 警察が来る前に岸さんに連絡が入ったのは、何かと信頼されている証拠でもある。事情を確認したあと、後のことを任せて現場を去った。
 岸さんの案内で、市内に在住する佐藤ミエさん(七〇、北海道出身)宅に連れていってもらう。
 佐藤さん家族は、岸さんの叔父が世話になったとのことで、今でも家族ぐるみの付き合いが続いている。
 ミエさんは一九三二年に四歳で渡伯。聖州レンソイス・パウリスタの前田耕地に入植した父親は、さとうきびからピンガを作る工場で働きながら、コーヒー栽培なども並行して行った。その後アララクアラ線のカンブイ耕地やタクアチンガなど契約農民として転々と土地を替えた。
 ミエさんは二十歳でサンパウロ市内に出て、裁縫の仕事やカンピーナスで看護婦などもしたが、父親から結婚して家族の面倒を見てくれと言われ、その後、六八年にカセレスに来たという。
 カセレスにいる日系人は、約八十家族。日本人一世だけで、十六人が在住するとミエさんたちが指を折り折り数えてくれた。
 援護協会が実施する巡回診療は昨年から来ていないが、「ここにいる一世は、ポルトガル語も分かるので問題ない」とミエさんは気にも留めない。
クイアバ6.jpg
佐藤ミエさん(前列中央)と家族たち
 渡伯して以来、日本には一度も行ったことがないというミエさんだが、「特に行きたいとは思わない。同じ行くならブラジルを周ってみたい」と語る。
 しかし、反面で「総領事館が近くにあってくれたらね」と本音もチラリと見せる。言葉では「日本への関心がない」と言えども、やはり、日本人としての意識は強いようだ。
 岸さんは今後の日系社会において混血は免れないというものの、「ブラジル社会の中で、これまでに日本人が残してきた文化は伝えていきたい」と強調する。
 世代の移り変わりにより時代は流れていくが、日系人としての意識はこの地で今もなお受け継がれている。(おわり・一九九八年十二月サンパウロ新聞掲載)
 
 
   
                        
           


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