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     南米日本移民の肖像  (最終更新日 : 2024/09/01)
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川田信一さん (2024/06/24)
2017年6月号川田信一さん.JPG
 現在、ロンドニア州ポルト・ベーリョ市に住む川田信一(かわだ・しんいち)さん(75、長崎)は、元々はアクレ州リオ・ブランコ市から南に24キロの距離にある「キナリー移住地」の第1陣として、17歳で同移住地に入植した経験を持つ。
 長崎県長崎市で4人兄姉の3男で末っ子として生まれた川田さんは1945年8月9日、3歳の時に長崎に投下された原爆の被害に遭っている。戦後4、5年して亡くなった次兄は、米軍機が原爆を落とす瞬間を双眼鏡で見ていたそうだ。
 「私たちの家は山陰にあったために原爆の直接の被害は免れましたが、子供ながらに衝撃波が凄かったことを覚えています。原爆が落ちた瞬間、物凄い音がして私は母の元に走って抱きつきましたが、家の中は窓ガラスが全部割れて飛び散り めちゃくちゃになっていました」
 原爆投下から4日目に汽車の切符を手に入れることができた川田家族は、父親の実家で佐賀県との県境の長崎県松浦市今福(いまふく)町に移り、4畳半の部屋に祖父夫妻を含めて6人が一緒に住んだという。同町から佐賀県内の農業高校畜産科に通うようになった川田さんは、文芸部、生物部、山岳部、海外移住研究会を掛け持ちしてクラブ活動を行い、その中でも特に文芸部の1年先輩の知的な女性に憧れを持っていた。
 次兄は既に亡くなっており、長兄の敏之(としゆき)さん(86、マナウス市在住)は当時、独立して長崎市内の炭鉱内にあるスーパーマーケットの事務員として働いていた。しかし、経済不況のあおりを受けて57年頃に炭鉱は閉山。失業して夫婦ともども今福町の祖父の家に戻ってきていた。
 そうした時に長崎県庁から舞い込んできたのが、ブラジルのキナリー移住地行きの話。敏之さんが家長となり、父母、兄嫁、姉を含めた家族6人で59年、「あめりか丸」で渡伯した。
 同年4月9日にパラー州ベレン市で下船後、さらにアマゾン地域西部にあるリオ・ブランコまでアマゾン川を遡上。同年6月にやっとの思いでキナリー移住地に入植したが、建っているはずの家は建ってはいなかった。自分たちで家を建てるまでの約2カ月間、州政府が管理する合宿所の建物に分散して住んだという。
 渡伯に際して、憧れの文芸部長からは「踏まれても踏まれても、雑草のごとく生きてください」というメッセージをもらったことが、今でも忘れられない思い出となっている川田さん。しかし、キナリーでの生活は「日本とは比較にならないほど酷かった」と言い、生活も思い通りにならず、自身も含めて入植した移民たちがマラリアの被害で倒れる中、帰るに帰れない状況だった。
 キナリー移住地入植から1年が経った60年には家長である敏之さん家族の元を離れ、川田さんはさらに1キロ先の奥地に父母と姉と4人で移り住んだ。
 移住地での過酷な生活の中で、川田さんが見出した楽しみが狩猟だった。農業高校時代に畜産科と生物部で学んだ知識を生かし、また、日本に住んでいた頃に撃っていた空気銃の経験も役に立った。
 狩猟は「待ち伏せ猟」と言って、樹木の上に登って鹿、山豚、イノシシや「ムクラ」と呼ばれる袋ネズミなどを狙う。愛用したのは「CBC16」という単発の重量4キロもある散弾銃。移住地で知り合ったブラジル人の友人に猟の仕方を教えてもらい、よく奥地に撃ちに行ったそうだ。
 「4000発ぐらい撃っていると、撃つ前から(獲物に)当たるか当たらないかが分かるんですよ。慣れとカンで真っ暗闇でも獲物の位置が分かるし、音が研ぎ澄まされて獲物の音に集中することができるんです」と川田さん。異国の地で日本への郷愁の思いを払拭するように、狩猟にのめり込んだ。
 その後、敏之さん家族が先にポルト・ベーリョ市に出て、農協の事務員として務めていたこともあり、64年に川田さん家族も同市に転住。野菜作りや養鶏などの農業生産を行いながら、中央市場(メルカド)で自分たちで栽培した農産物等を販売した。メルカドに手伝いに来ていた恵美子さん(65、熊本)と知り合い、77年に結婚。川田さんが36歳の時だった。
 キナリー移住地時代をはじめ、ポルト・ベーリョでの生活で、川田さんを心身ともに支えたのが高校時代の部活での経験だったという。その中でも文芸部の1年先輩の女性との出会いと憧れは、川田さんにとって忘れられない特別なものだった。
 2014年に訪日した川田さんは高校時代の同窓会名簿を入手。その女性の消息を捜し、実際には会えなかったものの、電話で50年ぶりに話をすることができた。川田さんは今年(2017年)の年末に改めて訪日する予定で、女性との再会を心待ちにしている。(2017年6月号掲載)


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松本浩治 :  
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