小長野道則さん (2025/02/03)
「アグロフォレストリー(森林農業)の指導・教育を通じて、良い人間をつくることが自分にとっての幸せ」―。こう語るのは、トメアスー総合農業協同組合(CAMTA)の元理事長で、現在も同農協組合員であり、パラー州政府の農業プロジェクトで指導ボランティアを続ける小長野道則(こながの・みちのり)さん(61、鹿児島)だ。アグロフォレストリーの先駆者として自らの森林農業の体験をモデルに現在、パラー州内144の市町村を回り、講演及び実践指導活動を行うなど、多忙な日々を送っている。 小長野さんは、まだ記憶も定かでない2歳の時に家族に連れられて渡伯。アマゾン移民としてトメアスーに入植し、幼少期から同地で育ってきた。 「長男として家計を助けるために12歳で野菜売りを始め、19歳の時に土地を買って独立しましたが、経済的に苦しかったため(大学に)進学するのをやめて、これまで農業一本でやってきました」と話す小長野さんの表情は、これまでの苦労の反面、穏やかだった。その背景には、母親から言われ続けた言葉がある。「貧乏していても、真面目に生きろ」と。「学生時代には差別もありましたが、母のその言葉があったので、何を言われてもアグエンタ(我慢)できました。野球もゴルフもやりませんでしたが、皆が遊んでいる時間に農業者を育ててきました。農業で皆さんを助けることが、自分にとっては一番楽しい」と小長野さんは、充実した表情を浮かべる。 アマゾン地域各地を回る小長野さんは「アグロフォレストリーは(言葉の上では)有名になったが、どういうものなのかを分かっていない人が多い」と感じている。森林農業を各地でアピールすることで、同農法での付加価値を生産者に知ってもらい、消費者に向けての生産物販売をより効果的に行っていくことの必要性を説く。 「種や苗はどうやって作るのか。きちんと肥やしは使っているか、剪定(せんてい)はどのように行うのかなど細かく指導することで、農業生産によっていかに経済的効果を生み出せるかを教え、次の段階に進むことが大切だ」と強調する。 現在、小長野さんはトメアスーのクアトロ・ボッカス(十字路)から約20キロ離れた自身の850ヘクタールの土地のうち、230ヘクタールに約50人の労働者を使ってクプアス、カカオ、アサイー、コショウの主に4種類の熱帯作物をアグロフォレストリーとして植えている。収穫時期がクプアスは12月~6月、カカオが5月~10月、アサイーが10月~5月、コショウが7月~12月とずれているため、年間を通じて何がしかの換金作物が獲れるように実践。そのことを広くパラー州をはじめとする農業者たちに伝授して回っている。 「今、この地域にはデンデ椰子が多いでしょう。ベレンにはデンデ油を扱う大企業が3社あるのですが、そうした大企業を回って、アグロフォレストリーのデンデ椰子による油を勧めているんですよ。デンデ椰子は3カ月間しか収穫時期がなく、実は東南アジアでの生産が増えて、ここ2年ほどは赤字経営になっているところが多いんです。そこで、デンデ椰子の収穫の前にカカオが収穫できるようにしているのですが、デンデ椰子の根は浅く、カカオの根は深い所まで生えるから混植できるのです。自然の力は本当にすごいです」と小長野さんは、様々なことに挑戦しながら、アグロフォレストリーの可能性をさらに深めている。 数年前まで「天井無し」と言われ上昇を続けたコショウの国際価格も、落ち始めている。しかし、小長野さんは「コショウの国際価格は常に波があり、あと3、4年もすればまた高値になると思います。今までの歴史を見てデータを作ることが大切です。今、値段が落ちているからと言ってコショウの植え付けをしないと、3、4年後に高値が来た時に『コショウが無い』では話にならない。その意味でアグロフォレストリーはバカ儲けはできないが、安定的な収穫ができる」と強調する。 「地球の肺」などと呼ばれるアマゾン地域も環境の変動で年々、気候が変化している。「雨が多すぎたり、少なすぎたり、今までどおりにはいかないですね」と小長野さん。しかし、アマゾンでの森林農業の実践と、訪日研修で得た接ぎ木や防風林などの知識と経験が、自身を支える。 「ブラジルはたくさんの自然がある。これから必要なのは教育です。59年間、アマゾンで過ごすことができたのは、ブラジルのお陰。これまでの経験を自分の肥やしとして、ブラジルを豊かにしていこうというのが、自分の正直な気持ちです」と小長野さんは語り、笑顔を見せた。(2020年2月号掲載)
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