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     南米日本移民の肖像  (最終更新日 : 2025/03/31)
井上勝さん [画像を表示]

井上勝さん (2025/02/20)
2020年4月号井上勝さん.jpg
 パラー州カスタニャール市に住んでいた井上勝(いのうえ・まさる)さん(93、高知県出身)は、日伯両政府間協定の米作移民(第3次移民)として1957年1月、ベレン市近郊のグァマ移住地に入植した。 
 戦前は技術兵として中国に渡り、46年に高知県に戻って1年間農業生産に従事したが、同年12月に発生した「南海大地震」の際に堤防・水門復興会の一員として役場入りした。戦後の食糧不足と大陸からの引き揚げ者の増加による人員整理など厳しい時代、「1家族につき、20町歩の土地が与えられる」と夢のような米作移民を募るグァマ移住地募集要項が舞い込んだのは56年頃のこと。須崎市役所に勤務していた井上さんは各地区に募集要項を配布するなど、農政担当としての役割を担い、広報する側の立場として自らブラジル行きを決意。先発隊として、グァマ入植希望者20人分の営農資金を預かって日本を発った。
 同船者には同じ高知県から元県会議員や元町長をはじめ、再渡航者もいたという。当時の営農資金は1人10万円。20人分で合計200万円だが、ドル換算では1ドル360円の時代。井上さんは「『先にブラジルに行って土地を買っておく』と言って出てきたが、まさに、一世一代の大仕事を引き受けた」と苦笑しながら当時を振り返った。
 第3次移民は26家族が低湿地に入ったが、苦労して持ってきた20人分の営農資金は海協連(海外協会連合会)に預けられたまま、なぜか凍結されて使えない。移民には理解できない闇の力が働いたようだった。一方、第1次、第2次で入植していた先輩移民にグァマ耕地の状況を聞けば、「奥に行けば行くほど(標高が)低くなっている」という。「(耕地内には)高台がある」との日本側の当初の説明に「騙された」と思った時にはすでに遅かった。故郷・高知で吉報を待っている人たちの顔が目に浮かぶが、自分の家族の生活もままならない状況に陥り、深い失望感が井上さんを襲った。
 入植したグァマ移住地は当時、陸からの輸送手段はなく、生活用品をはじめ生産物の運搬などはすべて船に頼る以外、方法はなかった。移民たちの便宜を図ろうとグァマ河の交通路確保のため同志を募り、船を借りようと海協連側と交渉するが、資金は依然、凍結されたまま。同船者の県会議員経験者などを立てて船主との交渉の末、4トン積みの機械船の貸与がようやく決まり、ベレンまでの貨物便輸送が始まったという。4トン機船の貸与を受けた後も海協連側が凍結した営農資金の使用許可を陳情したが、一向に埒(らち)があかない。それどころか、高知県の開拓課課長からは「移民としての節度を保て」と井上さんたちの行動を叱責する内容の公文書が届くなど、事態は進展しない。
 「自分たちの営農資金を海協連が流用しているのでは」と不信感は日増しに強まるばかり。井上さんはグァマ移住地の状況について、日本で聞いてきた話とはまったく違う旨を須崎市側に連絡。第4次移民以降の入植をストップするように通知したが、結局は、なしのつぶてだった。
 脱耕したいとの思いもあったが、須崎市職員時代に自らブラジル行きを呼びかけ、故郷から20人分の営農資金を預かってきた立場上、逃げ出せない。仕方なく営農資金の請求を諦め、湿地帯農業の試作研究に打ち込む日々が続いた。約3年かかって、ようやくゴム2000本、カカオ4000本、染料の原料となるウルクンを9000本ずつ植付け、定着した。しかし、皮肉なことにそれがグァマ移住地のモデル農場として指定。移住地の悪条件は変わらないのに、日本からの視察団など外部からはモデル農場ばかり見に来る状況が続き、井上さんは業を煮やした。思い悩んだ末に井上さん家族は、59年に移住地を出ることを決断。バルカネーラという近郊地で1年間過ごした後、60年にカスタニャールに移転した。その後、同地でハワイマモン(パパイア)生産で富を築くことになる。
 晩年は自身で若かりし頃の思い出を文章に綴っていた井上さん。その大半は、渡伯する前の出来事やカスタニャールでの生活の思い出で、グァマ移住地時代の話にはあまり触れたがらなかった。
 「あそこ(グァマ)は地獄ですよ」―。グァマ河の干満(かんまん)の差は3メートルあると言い、「自分の目の高さより高いところを流れる河は本当に恐ろしかった」と、井上さんにとってグァマ移住地は辛い思い出しか残っていなかったようだ。
 以前、井上さんがグァマ移住地のことを回想して詠んだ句がある。
 「アマゾン河 雨季水嵩(うきみずかさ) 島を呑む」
 激変する雨期の河の恐怖が、井上さんの脳裏に焼き付いていた。(2020年4月号掲載。故人、2004年9月取材。年齢は当時のもの)


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松本浩治 :  
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