移民百年祭 Site map 移民史 翻訳
岡村淳のオフレコ日記
     西暦2015年の日記  (最終更新日 : 2015/12/02)
2月の日記 総集編 翌日の訃報

2月の日記 総集編 翌日の訃報 (2015/02/03) 2月1日(日)の記 「炭鉱離職者」と「あもれいら」
日本にて


日曜日。
朝から外出。
帰路、コンビニで今晩の上映資料「目黒目線」第4号の準備。

実家→流浪堂→平均律→SUNNY BOY→実家、とまわる。

夜の上映はすでに予約で定員オーバー。
うれしい顔ぶれに励まされる。

今晩の懇親会は、学大あるきで見つけた沖縄居酒屋でぜひやりたい。
ロケハンしておいた「ていんがーら」さんに予約を入れる。

上映には、4歳児のお嬢さんを連れてのご来場の女性も。
やんちゃで、上映中に声や音をたてる少女と岡村は外に出ることにする。
少女は、岡村の野帳にお絵かき。

既視感があるおこない。
「あもれいら」第三部、保育園にサンタが来るというヤマ場、お仕置きを受けたケテリンちゃんとふたりで教室に残る僕。

聖書のマリアとマルタのエピソードを思い出す。
マリアがイエスの話を聴き入るための、お手伝いをする喜び。

ていんがーらの懇親会、絶妙。
お店の名前は、天の川のことだという。
懇親後、ちょうどシャッターを下ろそうとしていた流浪堂さんへ。
思わぬことどもをうかがう。


2月2日(月)の記 9ちゃん飲み
日本にて


実家で郵便物手配など。
流浪堂トーチカ入壕、展示の補強。

先週、スタッフが上映と展示に来てくれた下北沢の「ダーウィンルーム」の見学に出る。
下北沢に到着後、住所等を記した野帳を実家に置いてきてしまったことに気付く。
チェックした地図の記憶をもとに歩いてみるが…
だめ。
どこかネットカフェに入って検索するか。
流浪堂さんに電話をして、住所を教えてもらう。
ほぼ近くまで来たときに、顔見知りのスタッフに声をかけてもらえる。

博物・地誌・民族・考古系などの新刊古書、剥製、化石、フィールド用品などが置かれて、カフェも飲める。
ちょこちょこと人の入りもあるのがうれしい。
勧められる小物が面白く、ついつい買ってしまう。
ご縁をいただけてうれしい。

思い切って歩くことにする。
三軒茶屋まで20分、さらに学大流浪堂まで35分。
はじめて学大付属高校の位置を確認できた感じ。

お待たせしてしまった「坐る9条」のメンバーと飲み屋探し。
今日も、あたり。
酒席で、次のプロジェクトについて盛り上がり、こっちも冴えまくる。

さらにもう一軒、開店以来48年という、ただならぬお好み焼き屋さんへ。
一同を見送りしてから、深夜12時閉店の流浪堂さんへ。


2月3日(火)の記 あもれいら再生
日本にて


コンビニが地域限定の民俗を国民大衆化させた恵方巻き、半額になってから購入。
うまれて初めて食べる。
テマキの丸ごと食いは、けっこうブラジルでしてるしな。
恵方は、ブラジルにあり。

「目黒目線」本日号づくり。
なかなかうまういかない。

今日は今日とて、とてもうれしくも熱い方々にお集まりいただいた。
満席、会場手狭でごめんなさい。

「あもれいら」上映切望の声がうれしい。
閉店時間を延ばしていただいた「平均律」さんで懇親。
初めての方とお話ししていて、思わぬ共通の人物が浮上、尋常ではない。

さらに若き有志らと、サニーボーイさんイチオシのおばちゃんの店へ。
ひとりは、明日、大切な試験があるというではないか。
武運長久を期して緑茶ハイでカンパイ。


2月4日(水)の記 綱島の瞑想
日本にて


やや強行に入れようとしていた撮影が、先方の都合でキャンセルになり、正直ほっとした感じ。
やるべきこと、山積み。

来たる日曜上映の配布資料のエッセイ書き等々。

東山の土偶の件で電話で確認させていただいた、めぐろ歴史資料館に、挨拶に。
郷土出土の縄文土器を見ると、こころが落ち着く。
はじめてみる大橋のアパート群の模型がよろしい。
地元のお年寄りたちがつくったとうかがい、びっくり。

ついで、渡部健志さんのカポエイラ目黒道場へ。
渡辺さんが書道もたしなまれるのにびっくり。

流浪堂さんに向かうと、こちらにやってくる一行の男性が「オカムラサン!」と叫ぶ。
すぐに、どなたか思い出せず。
あ、水戸のナイスなテイストのグローバル雑貨カフェ・ミネルヴァの吉田さん夫妻ではないか!
水戸の仲間たちと東京方面に仕入れに来て、流浪堂に寄ってくれた由。
まずはサニーボーイさんにご案内。
まことにうれしい出会い。

流浪堂さん経由で、思い切って綱島温泉へ。
学大の流浪人と那覇のウララさんをつなぐのが綱島。
夕方4時から、470円と銭湯料金で入湯できる。

これはよろしい。
湯船に浸かりながら、ゆったりと諸々に思いを巡らす。
ふたたび学大夜間部へ。

明日は雪って、ホントかね。


2月5日(金)の記 雪の目黒の奇跡
日本にて


あ、ほんとに雪だ。
今晩のバスのあと、夜行バスで関西へ向かう。
準備やまづみ。

全6回分の上映資料の整理印刷でコンビニへ。
あー、修正もらし箇所あり、またやりなおさないと。

祐天寺駅周りでの買い物等。
今夕の講座の講演内容整理。
大阪二日連続の上映素材チェック。
流浪堂さんの展示読本part2の校正。

雪は雨に。
流浪堂さんに出頭。

実家に戻って旅装を整える。
いざ。
目黒区民センターまで歩く。

先週の中原仁さんの講座を拝聴したが、なかなか真面目そう、かつブラジル音楽ファンが多そうである。
どこまで岡村節を受け入れていただけるか。
スタッフ相手にバカ話をしているが、けっこう緊張している。

いざ。
準備ネタの4分の3ぐらいは話せたかな。
ある程度、笑いも取れて。
まことにうれしい発言をいくつもいただく。
そして、妙縁も。

スタッフの方のFIATで中目黒まで送っていただく。
学大の流浪堂へ。

少し時間ができたので、気になっていたCINEMA CAFEという中華料理屋!を制覇しておく。
流浪堂トーチカを出陣、横浜駅へ。
夜行バスで、まずは京都を目指す。


2月6日(金)の記 大阪茨木キリシタン遺物資料館
日本にて


未明の京都に到着。
夜行バス会社の名前だけはVIPルーム、さらに近くのネットカフェに入ってノートパソコンをつなぐ。
さすが観光メッカ京都の駅前のネカフェは狭い雑居ビル状態で、サービスも控えめ、息苦しい。

先回の関西ミッションの際はアクセスに時間がかかるため、涙を呑んだ大阪・茨木のキリシタン遺物資料館を目指す。
茨城駅からのバスは1時間に一本。
バスは山のなかを縫っていく。
さすがは大正年間まで隠れキリシタンの末裔が潜んでいたところだ。

この場所に来れたことで、感激。
日本史教育でおなじみのザビエルの絵は、1919年にこの地の民家から発見されたものだ。
資料館をいとおしみ、付近を散策、近くの喫茶店で軽食とコーヒー。

梅田駅の古本屋街で一冊購入、今晩泊りのカプセルサウナでひと汗流してから、中崎町のアラビクさんに。

なにわ橋駅のアートエリア・ビーワンでの上映とトークへ。
仕掛け人の大阪大学の久保田テツさんと相談、上映作品は持参素材のなかから『ササキ農学校の一日』『ブラジル・クリチバの一日』の2本立てでいってみる。

そもそも大学生は試験時期で参加は難しい由、誰なら来れるのか心配になるが、杞憂に終わる。
それにしても寒いスペースで、貸し出し用毛布を使わせてもらう。
上映後、久保田さんが口を切り、メディアではイスラム国がらみの映像ばかりで心がへたっている時に、ほんとによかった、と言っていただき、なるほどと思う。
まさしく眼とこころの肥えた、観るべき方々にご覧いただき、貴重なご縁もいただいた。

奇縁から、久保田さんとはさっそく面白いことができそうだ。
ビーワンのスタッフらとともに、近くの大盛り北京料理店での懇親会もまた楽し。


2月7日(土)の記 大阪 罰ゲームの理由
日本にて


ネットにつながってするべき作業がだいぶたまっている。
カプセルホテルでは、少し上乗せしてWi-Fiの使える部屋にした。
にしても、狭く、いろいろと体位を変えてカプセル内で作業をすすめる。

畏友・綱本武雄さんの快著『大阪名所図解』の原画展開催中の心斎橋スタンダードブックストアの地下のカフェへ。
カフェ席の壁の部分にぐるりと原画が展示してある。
座席に人がいる場合は、あまり覗き込むわけにもいかない。
大阪城の絵などの飾られている奥のスペースは「ワークショップをしていますので」と立ち入りを拒まれてしまった。

空席のなかから、通天閣の絵の前を選んで飲み物と食事をオーダーして着席。
この絵、見れば見るほどすごい。
なかに、吸い込まれていきそうだ。
この本屋、並べてある本とグッズのセンスがとてもよろしく、旅先なれど何冊も買ってしまう。

地下鉄と阪急電車を乗り継いで神崎川駅へ。
近くの三津屋商店街「みつや亭」での上映会。
こちらのミスにより、本編前の短編は『ブラジルのユーカリ植林と日本』。
座の空気は、とっても重くなる。
本編は『パタゴニア 風に戦ぐ花 橋本梧郎南米博物誌』。

この作品で、これほどリアクションがいいのは、初めてかも。

この会場の交流会は多士多才の方々で実に盛り上がり、それを楽しみにしている人が少なくないほど。
梅田発夜行バス発車時間の1時間前に腰を上げるが…

それから、あれやこれやで時間がかかる。
鈍行のみ停車の神埼駅で、20分近く電車待ち。
みつや亭でネットにつながる余裕がなく、「梅田プールモータープール」という、一度行ったことのある場所の名前しか把握せず、道順や近くに何があるかなどつかんでいなかった。
上映参加者で、梅田から自宅まで歩いていけるという人が付き合ってくれるが、彼も場所を知らず、スマホ等を持っていない。
そもそも阪急梅田駅にはインフォメーションコーナー、付近の概略図などが見当たらない。

開いているお店の店員やタクシーの運転手などに尋ねて走り回る。
けっきょく、乗り遅れ。
まずい。
別のバス会社のスタッフに京都まで先回りする手を教えてもらうが、こちらのバスの緊急連絡先に電話をしても応じないありさま。
次々とくる東京行き夜行バスにあたり、空席を尋ねる。
2台目で、なんとかなる。

明日は最終上映、遠来の来客のアテンドなど、課題山積み。
出費は痛いが、今後の授業料ということで。


2月8日(日)の記 日曜フル回転
日本にて


昨晩、空席をゲットした4人並びの夜行バスは姫路発・大阪・京都に立ち寄って、桜木町経由で新宿へ。
日曜早朝の新宿着。
まずは祐天寺裏の実家へ。
久しぶりに体を伸ばす。

今日までの上映資料の両面コピーに、コンビニへ。
シンパの方にPDFで送ってもらった過去の上映会のフライヤもプリントアウト。

遠方から展示会場を訪ねてくれた二人に会いに、学大入学。
すでに関東で2度、拙作の上映会を実現してくれて、ひとりは北陸から来てくれた。
二人とも映画好き。
平均律さんで話し込んでいるうちに、いい時間になっている。

いったん実家に戻り、上映の準備。
いよいよ全6回上映講座の最終回、予約ですでに定員オーバー。
流浪堂さんにゴザ、座布団も準備してもらう。

あ、上映会場にカーテンがない!
洗濯に出したという。
外光がやや入るが、野外上映会の趣ということで乗り切るか。

『ギアナ高地の伝言』、橋本先生を再生。
ライブ上映の醍醐味、ここにあり。
先週日曜に引き続き、沖縄風居酒屋「てぃんがーら」で懇親。
音の響きがツインテールに似るが、天の川の意とのこと。

今宵は輪をかけた大懇親。
お馴染みの4歳幼女も深夜に大ブレイク。

昨年、知り合ったB級グルメライターとして知られる鈴木隆祐さんも懇親会から、サウナ泊覚悟で合流。

出ニッポンを明後日に控え、残務雑務はうず高いのだが、後には引けず…
嗚呼。


2月9日(月)の記 月曜のテュラテュラ
日本にて


午前2時ぐらいには鈴木さんに失礼して、実家に帰らせていただくつもりでいた。
しかし、かなりヤバい状態の連れも出てきて、岡村の解放ないし逃亡は午前5時…!

明日の離日を前に、山積みの残務に目が回りそうだが、 まずは実家で洗濯と休息。
ひどい二日酔い。

諸々のメール連絡、郵送すべき資料の作成、展示の補強。
金融機関まわり、土産・頼まれものの買い出し。

午後、畏友の星野智幸さんが展示に来れそうとの朗報。
ようやく執筆が一段落ついたという星野さんと、学大にて再会。
二人でマッターホルン登頂、いろいろなお話。
展示読本part2に書いた、デビュー前の星野さんとの東横線での会話から17年が経っていた。

いったん実家に戻る。
展示用の最後の隠し玉を整える。

流浪堂のトーチカの最後の整備。
まことに楽しいフル充実の日々であった。


2月10日(火)の記 ハイゼット成田行
日本→


起床後、一気に郵便関係に着手のつもりだった。
が、B5サイズの封筒はあるがA4がない。
小学校の登校時間を待って、油面のつじもと文具店に向かうが、シャッターが下りている。
油面小学校前のセブンイレブンにA4の封筒があり、ヒャッキンより割高になるが、背に腹は代えられず。

今回は幼少年時代を振り返る貴重な機会でもあった。
小学校時代の通学路をたどって帰る。

数日前には、夢のなかだけで存在したはずの、油面小学校と油面公園の裏あたりの、フィクショナルな一角をほうふつとさせるところに、学大との往復中に迷い込むという不思議な体験をした。
油面遺跡の縄文魂からの贈りものか。

コンビニコピー、郵便局、スーパー廻り。
郵便周りの最低防衛線を死守してから、実家の使用空間のお片付けとスーツケースの荷造り。
今回は流浪堂の二見夫妻が、今日が週2回の閉店日と重なることもあり、お店のハイゼット車で成田まで送ってくれることになった。

お迎えいただく16時までに、なんとかする。
新宿でイラストレーターのこうのまきほさんをピックアップ。
ソラリスの首都高を成田に向かう。

飛行機が見える・オカムラが和食を食べたい・並ばず座れる、の条件で選んだ店は、見習い店員ばっかしで、やるきのない学園祭の模擬店といった感じ。
気心の知れた仲間との別れはつらいが、4月のお祭り再会を期して、モードを切り替える。

カタール航空で使用可能なJALのサクララウンジに牛丼があったが、見事なまでにタマネギばっかし。
橋本梧郎先生ゆかりの静岡・掛川の日本酒がある。
甘口で、味はもうひとつの広島の酒の方が僕の口には合ったけど。


2月11日(水)の記 カッパドキアの日本人カップル
→カタール→ブラジル


カタール航空は、機内のエンターテインメントサービスの映画がよろしい。
まずは、日本映画から見ちゃう。

周防正行監督『舞子はレディ』。
絶妙の名人芸。
本歌取りとしても、あっぱれ。

今回の訪日では、金銭的にも時間的にもそこそこの無理をして、1月10日の学生たちが主催するイベントでの上映に間に合うよう、スケジュールを組んだ。
主催者のリクエストで拙作『京 サンパウロ / 移民画家トミエ・オオタケ 八十路の華』を上映した。
映写も音声もワーストレベルだったが、質疑応答の際、来場の女性から「どうしてこんなつまらないのを上映するのか」と主催者へのクレームがあり、無理を押して上映をした自作と登場人物をおとしめられた僕は、けっこう傷ついている。
この拙作には孤立無援徒手空拳で僕が紅葉の京都をとらえた映像を、映像詩として収めている。

『舞子はレディ』は一流の映画集団が僕より何桁も多いカネをつぎ込んで制作した映画だが、先方はSFXも用いているものの、インサートされる紅葉の京都の情景は、ひとりの足と眼でとらえた拙作の方も、そう遜色がないと思う。

『るろうに剣心』の完結編、黒木メイサのかっこいい『ルパン三世』実写版などをドーハのトランジットをはさんで観賞。

そのあとのアメリカ映画『ゴーン・ガール』は戦慄もの。
最後に3時間を超えるトルコ映画『ウインター・スリープ』。
カッパドキアでホテルを営むインテリ老人が主人公。
会話が多く、英語字幕についていけないが、それでもすごさが伝わってくる。
コリアンか、チャイニーズかと思える若い日本人カップルが登場。
字幕で確かめると、どうやら日本人。

サンパウロ到着、久しぶりに税関に引っ掛かる。
食料品狙いのようで、大阪でいただいたスルメイカを没収される。
こちらの病人のために託されたミミズエキス、卵油等はお咎めなしで、助かった。
スルメイカのサクリファイスに感謝。


2月12日(木)の記 翌日の訃報
ブラジルにて


時差ボケ絶好調である。
滞っていたネット周りの作業。

今回の訪日で知り合ったルポライターの西牟田靖さんがブラジルに来ている。
明日あたり、サンパウロ近郊をご案内しよう、と連絡を取り合っていた。
その西牟田さんが夕方、トミエ・オオタケ先生の訃報を伝えてくれた。
西牟田さんとお会いしたのが、僕がトミエ先生に捧げた拙作『京 サンパウロ』の上映会だった。
享年101。
いたい。

いつかは、この時が来るとは思っていたが。
ネットで調べると、告別は明日午前8時から、トミエ・オオタケ文化センターでとのこと。

森下妙子さんの訃報も、僕がブラジルに戻った翌日だったのを思い出す。


2月13日(金)の記 お弔いとご案内
ブラジルにて


西牟田さんとは、昼に待ち合わせることになった。
朝イチでトミエ・オオタケ先生のお弔いに行く。

地下鉄のラッシュアワー、3本目にようやく乗れる。
会場はピニェイロスのトミエ・オオタケ文化センター。
草間彌生展やダリ展では、まさしく長蛇の列が取り巻いていた。
今日はひっそりしている。

長男のルイさんにお悔みを言うが、先方はこちらを記憶していないだろう。
何人か日本人の知人がいて、言葉を交わす。

西牟田靖さんは、運がいい。
スーツケースの購入や、日本から持参した通信機器のブラジルでのチャージなどが、けっこうスムースに片付く。
大衆シュラスカリアを満喫していただいてから、近くの日本寺院を見学、最後にカフェ。
カフェでお手洗いを借りようとすると、「水がないので」と使わせてくれない。
店員はどうしているのだろう。

サンパウロの水不足、相当深刻である。


2月14日(土)の記 遠方射撃
日本にて


昨日の接客を終え、すっきりモード。

祖国では流浪堂さんとSUNNY BOY BOOKSさんでの『岡村淳の脳内書棚』展が最後のクライマックスを迎えようとしている。
ツイッターとフェイスブックで、こちらからも最後の盛り上げを図る。

昨晩から、カーニバルのパレードの終夜生中継がテレビで始まった。
わが家では、時差ボケ状態の僕が時どきテレビのスイッチを入れるぐらい 。


2月15日(日)の記 日曜の待ち人
ブラジルにて


朝、在日本の知人からのメッセージ。
人を連れてサンパウロに着いたところで、昼前から夜まで会いたいとのこと。
今日の僕は、連れ合いの実家に日本から担いできたものなど届ける予定になっていた。
彼氏はこれからバスターミナルに今晩発のチケットを買いに行く、とのことで、そのままわが家の方に来てくれれば、まずはサンパウロ市で最大級の路上市など案内しましょう、と返信。
先方はすでにオフラインになったのか、返しは、なし。

家族の方は明日にずらしてもらうことにして、彼氏からの連絡を待機。
急いで、路上市で鮮魚の買い出し。
昼になり、昼が過ぎ、午後3時…
こちらもお腹がすく。

けっきょく、連絡は、なし。
なにかこちらの返しが気に入らなかったのだろうか?
事故に巻き込まれてなければいいのだが。

成田空港出国後に免税書店で買った『ワケありな映画』(沢辺有司著、彩図社)を待機中に読む。
高校時代の映画狂の時期以降は、僕の映画一般に関する知識は空白が多いので、新鮮かつ面白く読めた。

ヒラメのカルパッチョ、マグロのトロ身の刺身に舌鼓。
滞日中、刺身らしい刺身を食べたっけ。
北茨城の漁港で刺身定食を食べたか。


2月16日(火)の記 聖市殺人街道
ブラジルにて


午前中、買い物に出る。
カーニバル休暇中のため、一般商店はシャッターが閉まっているところが少なくない。

珍しく家族四人で昼食後、きのう行きそびれた連れ合いの実家に車で向かう。
一方通行の道を大通りに左折する路線に進むと、いきなり猛スピードの逆走車が向かってくる。
中年女の運転で、正面のこちらを見向きもせずにガソリンスタンドに突っ込んでいった。

ピニェイロス河岸街道にて。
目前を走行するトラックが、満載していた水色の金属柱材を道路にばらまき始めた!
右にハンドルを切って、かろうじてかわす。
ふだんの半分ぐらいの交通量で後続車も間近になく、助かった。
通常の交通量だったら2メートル近い金属柱在がわが車に激突するか、こちらがぶつかるか、わが車が後続車にぶつかっていたことだろう。

凶悪トラックは積荷ばらまきをものともせずに走行を続け、新たに金属柱材をばらまいてからようやく右側の路肩に停車した。

ワナとしか思えない規制と法令で、些細なミスをおかさざるをえなかったドライバーから罰金を巻き上げ続ける交通局は、なにをしているのか。

コンマ何秒か、ずれていたら。
ブラジルで20余年、運転してきたが、このテは初めて。
何者かの呪い、どなたかかのご加護を思わざるを得ない。
それぞれ心当たり、なきにしもあらず。

夜は、どしゃ降り。
水道事情はトイレの水も節約が続き、外は鉄砲水。
破たんする都市計画。
カーニバルどこじゃない。


2月17日(水)の記 謝肉祭の断食
ブラジルにて


一日延ばしになってしまった断食を行なう。
ひと月半ぐらいのブランクがあると、ちとひびく。

今日も運転。
戻ってから、ようやくゆっくりと気の向くままの読書とうつらうつら。
時差ボケの余韻を楽しむ。


2月18日(水)の記 小斎日のおもてなし
ブラジルにて


やわらかめの読書。
流浪堂さんで買った『トラウマ日曜洋画劇場』皿井垂著、彩図社。
読んだばかりの『ワケありな映画』と同じ彩図社か。

著者は僕より4年あとに地方都市で生まれ、育ったという。
その著者がテレビで見た映画としてチョイスした作品群の半分以上を、僕は映画館や試写会で見ている。
そのB級なチョイスがなつかしく、つい買ってしまった。
映画にまつわる情報中心の『ワケありな…』と比べて、こちらは著者のその映画が喚起する諸々が綴られ、それが面白い。
ある種、僕の展示に似たものがあるかも。

さて日曜に消息を絶った知人からの連絡が入る。
無事と知り、こちらに逆恨みなどを抱いたわけではないとわかり、安心。
イグアスー観光から戻り、パウリスタ地区の安宿にいるという。
メインの尋ね人探しで困っている由。

夕方、とにかくレスキューに駆けつけることとする。

話は、ちょっとややこしい。
日本人の彼氏とは、彼がバックパッカーとしてサンパウロを訪れている時に知り合った。
彼は日本に戻り、九州で居酒屋兼食堂を開いた。
そのお店で、僕が訪日時にオールナイトで岡村作品上映会を行なうことになった。
彼の意気込み通りに事は運ばず、深夜を過ぎると、来場者全員でコタツに入って見た方がいいほどのこじんまりとした上映となった。

地元の新聞で見たと言って上映にきてくれた女性がいた。
その人は、かつて花嫁移民としてブラジルに渡ろうと思っていた時期もあったという。
彼女はかつてブラジルから来た日系の留学生と交際したこともある由。

その留学生をブラジルに訪ねたい、旅費を出すから案内を頼むという話になり、元バックパッカーが元花嫁移民候補をバックパッカー式の旅でブラジルに連れてきたという次第。
彼氏は本人の理解をはるかに上回るだろう、よいコネクションがあり、元花嫁候補もつかんでいなかったその留学生のその後の消息をつかむことができた。
その人は亡くなっていたが、妹さんの住所を入手していたのだ。

しかしそれから先がどうにもならず、僕にSOSとなった。
すでに還暦を過ぎて余年のモトハナは肉が食べたいと言い、案内人はとにかく安いところでと言う。
今日は謝肉祭明けの小斎日、ブラジルで肉を食べるのに最もふさわしくない日と説明しながら近くをまわり、パウリスタ通りの店でブラジルの生ビール、そして名物に入るようなつまみを食べていただく。

地方だと言われていた故人の妹の住所は、サンパウロ市のはずれのほうで、僕には土地勘もあるところだ。
いくつかの番号をかけてみて、妹さんと話すことができた。
以下にもうさんくさい電話だが、こちらの都合に合わせて、どうぞ明日、来てちょうだいということに話が進む。

にしても、計画のずさんさに反比例して、運のいい旅人達である。
ということで、明日は車を出してお付き合いすることになってしまった。


2月19日(木)の記 草の根のはたらき
ブラジルにて


GPS等とは無縁だが、地図を繰って道順は頭に刻んだ。
今日は、わが車が乗入れ規制で朝は午前10時まで市内を走れない。
元バックパッカーと元花嫁移民候補のふたりに9時半にわが家の最寄りの駅まで来ていただく。
カフェをすすりながら打ち合わせをして、いざ出発。

目指すはサンパウロ市の東のはずれ。
通常なら、かなりややこしくわかりにくいところ。
が、別件でこのあたりに通ったことがあり。

けっこうスムースに日本に研修に行った故人の妹さんの家を探し出すことができた。
昨晩、電話でお話しした妹さんと対面。
いい趣味のアートと植物があふれるお宅。

小さな奇跡がいくつもはたらいた。
先方もすでに亡くなった両親の結婚証明証が必要だったという。
日本にはそれに該当するものが「戸籍」であることを説明。
そうこうしているうちに故人の長男が立ち寄ってくれて、両親の戸籍謄本も出てきた。
昼食からデザートまでご馳走になり。

元ハナは感極まっている。
とりあえずわが駐車場まで戻り、近くのビールの品ぞろえの豊富なお店で乾杯。

夜、案内人の元バックパッカーからメッセージ。
元ハナが明日、日本でテレビで見たサンパウロ郊外の場所に連れていってほしいとのこと。
明日は僕は日本からの別の客人と午後から約束があり、しかもカーニバル明けの金曜で交通渋滞は必須。
午前6時半にわが家の近くの地下鉄の駅に来るなら、車で連れて行きましょうということに。

さあ今度の場所は、なかなかわかりにくいぞ。
明日は午後からも、そして夜もさらに別の日本から来た人のお相手。
一日三組のおもてなしとは、尋常ではないな。
本業どころではないし、出銭もいたい…


2月20日(金)の記 聖市のいちばん長い日
ブラジルにて


未明にネットで何度も今日の車での道順を確かめる。
午前6時半よりサウーデ駅で待機。
待ち人、来たらず。
7時ぐらいより、ラッシュアワー。
7時20分まで待って、引き上げる。
これからだと車は交通渋滞に巻き込まれ、帰還時間の見当もつかなくなる。

アパートに戻って間もなく、元バックパッカーより「寝坊しました」のメッセージ。
そっちの無理な要望に万難を排して応じて…
まもなく電話あり。
平謝りされてから、先方の宿まですぐにでも来て欲しそうな口ぶり。
メトロがラッシュに入っているので、すぐには動けないと伝える。
未明から立ちんぼをさせられてぷりぷりだが、元バクパカは南京虫に全身をやられて熱っぽいというし、元花嫁移民候補にとっては一世一代のブラジル旅行である。

気を取り直して彼らの待機する若者宿に。
全荷物を持って観光するという元バクパカを説得、まずバスターミナルで荷物を預け、午後のリオ行きのチケットを購入。
身軽にさせてから、ダウンタウンのカトリック教会に市営中央市場という観光コース。
元ハナにも満足してもらえたことかと。

ふたりをセー駅で見送ってから、東洋人街のホテルで待機するガウジイこと伊藤修さん、そして連れの商社マンと合流。
ふたたびダウンタウンを案内。

夕方から、これまた日本から来た研究者と出会って打ち合わせの後、在ブラジルの名士との引合せ。
会食に、飲み会。
地下鉄の動いているうちに帰宅なる。

千客万来。
さすがに疲れ切る。


2月21日(土)の記 日比合作
ブラジルにて


疲れ切り+二日酔い。
今日は、安静にさせていただく。

うつらうつら、あまり肩の凝らない本を開いたり。
日本で買ってきた「東宝・新東宝戦争映画DVDコレクション」『あの旗を撃て』を見ることにする。
なんと大日本帝国敗戦の前年、1944年に公開された日比合作映画。
そもそも日本・フィリピンの合作映画というのは敗戦後に存在しただろうか?
近年の疫病ものの映画で、フィリピンロケをしていたことは記憶するが。

英語に堪能でリベラルな日本の兵隊さんが出てくるのが、とっても意外。
そしてアメリカの将兵は、ステレオタイプな「日本の将兵のように」残虐非道。

台詞はタガログ語・英語・日本語と、ある意味どこかまともである。
大日本帝国時代に満州や台湾などで撮られた映画も見たくなってくる。


2月22日(日)の記 小さい逃亡者
ブラジルにて


日曜の路上市。
小ぶりのアジと、イワシを買う。

夕方、「大映特撮映画DVDコレクション」『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』を鑑賞。
がっかり。
子供だましにも、ほどがある。
後悔、じゃなかった公開は1967年。
付録資料によると公開時の併映作品は日ソ合作映画『小さい逃亡者』。

これを、見たことだけは記憶しているから、『ガメラ対ギャオス』もどこか近場の映画館で見たのだろう。

ああ、納得のいく、満足度のある怪獣映画を観たい。


2月23日(月)の記 『坐る9条 THE MOVIE』
ブラジルにて


来客ラッシュも小休止。
激しかった去る金曜の疲れもだいぶ抜けた。
さあ今日も断食だ。

ビデオ編集体制を組み上げる。
1月17日に上野で撮影したパフォーマンス「坐る9条」の素材取込みと編集作業。
特に大きな過失がないようで、ほっと一安心。

タイトルはずばり『坐る9条 THE MOVIE』とする。
すでにこれと『郷愁は夢のなかで』の2本立てという強烈な上映会が4月19日に予定されている。
会場の都合で上映時間を前もって組まざるをえず、約30分としていただいていた。
なんとか、そのセンでいけそうである。

編集と、雨季の雨の合間に買い物。
うーむ、ドクダミがない…


2月24日(火)の記 「マテオ・ファルコネ」
ブラジルにて


『坐る9条 THE MOVIE』は29分強の仕上がり予定。
うち、ワンカットが22分以上というのがあるので、編集はラクといえばラクである。
勢いに乗って、ブラジル日本人移民の小説家、松井太郎さんのインタビュー映像の編集に臨むことに。

2回、撮影した覚えがるのだが、最初の分が見つからない。
日本の文学関係者に見せたことがあるので、そのまま日本に置いてあるのかも。
まずはブラジルのわが家で発掘した2011年撮影分の映像に取り組む。

おそらく一般の日本人には、かなり聞き取りにくいことだろう。
『旅の途中』の橋本梧郎先生の会話の場合のように、ひととおり日本語字幕で補うことにしよう。
こりゃ、なかなかの作業だぞ。

松井さんが、メリメの短編にすごいのがあるという話をなさる。
キーワードをもとに検索して、「マテオ・ファルコネ」という短編とわかる。
10歳の少年が両親の留守中に自宅にかくまったお尋ね者を、捜査に来た軍人の見せびらかす時計に目がくらんで、差し出してしまう。
それを知った父は、息子を…

こちらに持ってきていた新潮文庫の『カルメン』にこの短編が収録されていた。
読んでみる。
戦慄。
しかも、松井太郎さん描く、日本人も日系人もまるで出てこないブラジル北東部ものに通じるではないか。

メリメもすごいが、松井太郎もすごいぞ。


2月25日(水)の記 豪雨パニック
ブラジルにて


今日も粛々と松井太郎さんとの対話の映像に向き合う。

午後よりスコール。
サンパウロ市各地で大変な状況になっているようだ。
テレビのニュースが各地での洪水の際どい映像を繰り返し流している。

サンパウロの水源地は記録的な渇水で市内では断水が続き、この豪雨と洪水だ。
市内では死者も出た模様。

わが家の家族も出先で交通機関が止まり、ずぶぬれで動けないとの報。
この混乱状態では、迎えにも行けず。

都市計画の破たん。


2月26日(木)の記 『松井太郎さんと語る』
ブラジルにて


今日も終日、ブラジルの日本人移民の小説家・松井太郎さんとの対話の映像の編集作業。
夕方、銀行の払いものと買い物に出る。

松井さんとの対話映像を作成する・残す・公表する意義に感じ入っている。
孤高の魂と創作のひみつに迫る。

拙ウエブサイトにも松井さんのご快諾をいただき、2編の短編をアップしている。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000182/index2.cfm
ぜひ書籍で読んでいただきたい作品群だ。
『うつろ舟』『遠い声』の2冊が日本の松籟社より好評発売中。
http://shoraisha.com/modules/tinyd2/index.php?id=52
http://shoraisha.com/modules/tinyd2/index.php?id=72


2月27日(金)の記 断水レストラン
ブラジルにて


今週は根を詰めた映像編集が続いた。
在サンパウロのフォトグラファー・楮佐古晶章さんと会って昼食を共にすることに。
ダウンタウンを歩いて、ロジジオ(食べ放題)方式のシュラスカリアへ。
庶民の味わいで、客の回転もいい。
トイレがなかなかである。
男女それぞれ個室がひとつずつなのだが、なかから鍵がかからないのだ。
食欲をひっこめるには、格好のトイレ。

この近くに以前、楮佐古さんに教えてもらったお気に入りのカフェがあるのだが、先週、とんでもない目に遭わされたので、他にご案内いただく。

気のきいたセンスの店だが、ここのトイレは…
開放してあり、鍵もかかるのだが、断水である。
ここも男女ひとつずつで、「大」の流れていない状態の便器で用を足すのは、これも食欲を絶つのには格好だ。
そもそも店はこじゃれていても、水不足のせいらしく、食器はプラスチックやスチロール製の使い捨て容器。

一昨日の市内の大雨の時、バケツでも出しておけばトイレを流すぐらいの水は蓄えられただろうに。
そもそも飲食店でこの状態では、衛生上の問題が拡がる予感。

お気に入りだったカフェは、サンパウロ発祥の地である名所Pateo do Collegio内にあるCafe do Pateo。
一週間前に日本からの客人を案内してエスプレッソコーヒーを頼んだ。
飲んでいて、なにか鋭利なものがジャリッと舌に当たった。
なんと、鋭利なガラスの破片だった。
割れたガラスが飛び散ったのだろう。
ボーイにクレームをすると、「別のを持ってきましょう」という。
そういう問題を言っているのではない、他の客たちが怪我をしないように細心の対応をすべきではないか、と告げる。
ボーイはそのまま下がり、店はそのまま何の変化もなく営業。

こちらが退出する時、そのボーイもカウンターのスタッフも、目も合わせようともしなかった。
あの鋭利なガラス片を呑みこんでいたら、どうなっただろう。
日本のペヤングは食べても健康には問題ないだろう昆虫片の問題で、どれだけの対応をしたか。
この店はイエズス会そのものの経営とも聞くが、それが本当ならイエズス会は伝道や魂の救済以前にするべきことがあるだろう。

ちなみに情報通の楮佐古さんの「ブラジルなんでも情報」をご紹介。
http://www.nandemo.com.br/


2月28日(土)の記 黒澤を切るという犯罪
ブラジルにて


僕の留守中にごっそりDVDを持ち出されてしまい、見たい時に見れずに悶えていた。
ようやくその一部を取り返してきた。

今日は映像編集はお休みにする。
4月に上映してもらう『旅の途中』のバックアップ作業。
バックアップ素材のチェック試写。

午後から奪還したDVD、黒澤明の『八月の狂詩曲』ブラジル版を鑑賞。
芝居をしている人物が切れている、どうもおかしい。
パッケージには画面サイズは4:3とある。
日本語のウイキペディアでこの作品について繰ると、画面サイズには触れていないではないか。
黒澤を記載するには、ちょっとお粗末。
別のウエブサイトに当たっていき、1.78:1と知る。
イコール5.72:3である。

大黒澤の作品の左右を、かくもばっさりカットするとは。
日本できちんとしたのを買ってこなきゃ。
ブラジル版『天国と地獄』DVDも端が切れていたっけ。

海外移民と日系人、そして原爆と戦争の問題を扱った作品として、『生きものの記録』と併せて考えるべき作品と気づく。
この2本に加えて『夢』と、黒澤ほど原子力の恐怖に向き合った映画監督が他にいるだろうか。

八月の黙示録。
舞台は日本敗戦45年後。
それから25年を経てのこの映画の預言性に、呆然とするばかり。

僕が「フリーゾーン2000」を手掛け始める直前の公開だ。


前のページへ / 上へ / 次のページへ

岡村淳 :  
E-mail: Click here
© Copyright 2024 岡村淳. All rights reserved.