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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2016年の日記  (最終更新日 : 2016/12/01)
12月の日記 総集編 アララクワラ エクスプレス

12月の日記 総集編 アララクワラ エクスプレス (2016/12/01) 12月1日(木)の記 迷宮の旅行代理店
ブラジルにて


先方は自社でクルージングを出すほどのブラジルの超大手旅行代理店。
だが、顧客におよぶ周知のリスクになんの注意も換気していないようなので、こちらから実名で注意を呼びかけたい。

先々月に、日本の方から来年1月の拙作上映実施をプロポーズされて以来、何度となくブラジルからの格安航空券情報にアクセスしてきた。

と、先週、CVCという大手旅行エージェントの名前で1250レアイス(邦貨にして35000円以上)の旅行クーポンを僕がゲットしたというメールが送られてきた。
ネットでこのCVCでも再三、航空券の価格を調べて、先方からさらにお得な情報があり次第送りましょうか、という申し出にOKをクリックして、先方にこちらのメルアドなどが登録されているはずだ。

さてこのメール、特典獲得には下のリンクをダウンロードされたし、とある。
そもそも差出人がこっちのアドレスになっているのが、ヤバいのでは。

まずはネットで、CVCのウエブサイトにアクセスしてみる。
と、僕が受け取ったのと同じデザインの旅行クーポンは存在し、偽のウイルスメールへの注意勧告などは見当たらない。
ブラジルのSPAMメール情報のウエブサイトを確認すると、CVCに関しては数年前に別種のSPAMが報告されているのみで、最近の報告は見当たらない。

こちらは1月の上映がキャンセルとなり、それに合わせてぜひ2月に日本の関西で再上映を、という熱いメールを再三、いただいているところ。
訪日はしたいが、航空費の工面の見通しが立たないだけに、このクーポンは大きい。

まずはCVCにこれがホンモノかどうか確認してみよう。
最寄りの代理店は…
地下鉄の南隣り駅付近で見た覚えがあるが、ウエブサイトではそこが見つからない。
サイトで見る限り、北隣り駅付近のが最寄りとみた。

受け取ったメールをプリントアウト。
電話ではややこしいとみて、直接、行ってみることに。

ウエブサイトにあった北方面の代理店は取り壊されていて、なんの告知も貼り出していない。
いやはや。
南隣りも危なそうだが、行ってみる。
おう、こっちはあるではないか。

がらんとしたオフィスに入る。
カウンターのお姉さんに、プリントアウトを見せる。
瞬時に「これは、ウイルスです」。

自社名の周知のウイルスメールの注意勧告は出さず、存在しない代理店をウエブサイトにそのままにして。
そもそも、僕のメルアドは時期的な一致からも、この代理店への登録から流れた可能性あり。

今後、ここの使用は見合わせよう。
悪意あるウイルスによってパソコンを破壊されなかったので、よしとするか。

ああ、訪日、どうしようか。


12月2日(金)の記 はるかなるセン・アスーカル
ブラジルにて


ブラジルに滞在していた記録映画監督の松林要樹さんの出国が近づいた。
昼、松林さんらと会食。
プラサ・ダ・アルヴォレのノルデスチ料理を、凝固点まで冷やされたセルヴェージャ(ビール)でいただく。

食後のカフェを兼ねて、ひと駅あるいてラゼール・セガール美術館へ。
目玉の大作『移民船』はリオに貸し出し中か。
ここのカフェでさらに松林さんと盛り上がり、近くでカイピリーニャ(ブラジルのナショナルカクテル) をあおることに。

アラブ系ファーストフードチェーン、HABIB'Sへ。
なんと、各種カイピリーニャが5・90レアイス、邦貨にして180yen足らずというセールス中。
そこいらのバールの半額だ。

砂糖抜き:セン・アスーカルで、と頼んでも2回に一度は砂糖が飽和状態。
二度、砂糖入りがまわってくるほどに杯を重ねてしまう。

さあ、ミッションがひとつ増えそうだが、まずは明日のミッションが。


12月3日(土)の記 クエスタの地縁
ブラジルにて


クエスタという言葉を知る。
スペイン語起源の地理学用語だ。
シンメトリカルではない傾きを持つ山塊をいう。

今日、ようやく訪ねることになる香山文庫は、このクエスタの山頂にある。
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/195218

勤務先のアメリカでブラジル人男性と結ばれ、サンパウロ州内陸のクエスタに住まうようになった吉田さんという日本人女性が、こちらで縁のあった香山さんという移民資料蒐集家から蔵書の寄贈を受けたもの。

面識はないが、以前、メールのやり取りのあった吉田さんから、この香山文庫の告知、協力を頼まれた。

ちょうど、日本からの留学生と、そのお世話をする研究者からこちらで拙作を鑑賞する機会はないかと問い合わせをいただいていた。

香山文庫見学と岡村作品上映というイベントをプロデュースしてみることにした。
研究者と留学生のノリはよく、車2台で乗れる範囲での香山文庫に関心を持ち役立てそうな他の留学生を募り、僕の友人の邦字紙記者にも同行取材してもらうことになった。

それぞれとの周到な準備のやり取りは楽しく、特に吉田さんは切れ者のテレビ取材コーディネーターをほうふつさせた。

吉田さんは香山文庫の場所がサンパウロ市から200キロ以上という遠方なのを気にされていたが、その地は僕がパラナ州遠征の際、「朝飯前」に通過しているところだったのだ。
大平原と、今回クエスタと呼ぶと知った山塊が視界に飛び込む、息を呑む光景だ。
この奇景のなかに踏み込みたいという気持ちを以前から抱いていたが、思わぬ形でかなうことになった。

岡村号の方は午前7時サウーデ駅集合、岡村と邦字紙記者のアミーゴ、そして女子留学生2名。
街道は勝手知ったる道、そのあとも吉田さんの案内か気が的確で迷うことなく、後部座席の女子2名は道中爆睡でトイレ休憩もなく、ちょうど3時間所用、思ったより早かった。

自家用車の修理のためレンタカーを借りて駆けつけるという、もう一台の到着を待つ。
今日のこの地方の天気予報は雨、特に午後からは豪雨で停電のリスクもあるとのことで、まず1時間ものの拙作を鑑賞。

吉田さんが台所に追われて観賞できないようにならないように、という僕の希望を受けて、お連れ合いがひとりでその間、肉を焼いてくれた。
上映後にDVDを寄贈することで、お連れ合いには勘弁してもらおう。

昼食、敷地内見学、そして香山文庫見学と吉田さんとの質疑応答。
上映はトータルで2時間程度、暗くならないうちにおいとまするという予定だった。

午後4時、カフェをいただきながら懇談、雨も大降りにはならず、さてもう一本、なにを上映するか。
ひとりの女子留学生が「いま何時? あたし6時からバイトがあるんだけど」と言い出した。
留学生の発起人と彼女が、暗くなる前に帰ると言ったじゃないかなどと言合いになる。
もはや、これまで。
ピクニック気分やシュラスコ焼肉が目当てといったモチベーションの低いのが紛れ込むとこちらの信用に関わるので、けっして加えないようにと発起人に厳命してあったのだが。

現在、サマータイムの午後4時は本来の午後3時。
日没時刻は午後8時前、まだ4時間近くはある。
今日は雨天のため、やや空が暗い程度だ。
そもそも「暗くならないうちに」とは、約3時間の運転の道中があまり暗くならないうちに出発、そして吉田さんに夕食の気遣いをさせないためにという気配りからの設定だった。

ふつうの計算能力があれば、片道3時間はたっぷりかかって、午後6時までにバイト先に戻れる行程かどうかぐらいは簡単に計算できるだろう。
通常の上映なら、勝手にお引き取りいただくが、今回はそうもいかない。

最後にどの作品を上映して、感動と余韻とともに香山文庫の可能性と今後に結び付けるトークをして締めようとしていたのだが…
せっかくの緻密な計画が、台無し。
上映プロデューサーとしては上映を再会する意欲をなくしただけではすまず、ムカツキが収まらずに帰りの運転手業務に支障のないことを優先することにする。

ああ、クエスタの非対称性。
ガソリン代、高速料金等を考えると、そう気安くうかがえないが、今後は今回の失敗に懲りて人選をさらに厳格にしよう。

まあ、今回は文庫視察と上映というちょっと欲張りな試みであり、参加者に事故がなかったのはなにより。
僕自身、ゆっくり開いてみたい本を何冊か見つけた。


12月4日(日)の記 丸ごとキャベツとカンブク
ブラジルにて


昨日は走行460キロ、訪問先でも気を遣った。
今朝も疲れを引きずっている。

未亡人生活が浅い義母が今日は一人だというので、一緒に昼食をということになった。
まずは路上市で買い物。

義母のところで、丸ごとのキャベツを蒸したものが出された。
キャベツは茹でると、味が抜けてしまうという。
これをお醤油とオカカでいただくのが定番だったそうだが、今日はトマトとタマネギのトッピングもあり。
なかなかダイナミックで、キャベツの大量消費によろしい。

夜は、午前中に買ったカンブクと呼ばれる魚を刺身にする。
日本でいうと、ニベか。
淡泊だが、刺身もなかなかよろしい。

カンブクのアラを煮たのが、これまたうまい。
相当古いバーボンを少しでも飲んじゃおうと思い、トニックウオーターとオレンジの絞り込みでいただく。

この際、料理に合うかどうかは省略。


12月5日(月)の記 お好み書き
ブラジルにて


奇縁から『お好み書き』という日本本国発行の月刊のミニコミ誌を知った。
http://okonomigaki.la.coocan.jp/
日本の実家の方へお送りいただいている。
訪日中はバタバタし通しで、さらに疲労が相まってあまりものを読めることがない。
この『お好み書き』も、まとめてブラジルに持ち帰ることがしばしば。

今日は郵便局に行くので、待ち時間がありそうだ。
『お好み書き』の今年8月号といくつかの新聞スクラップを持って外出。
郵便局は、息を呑む混雑ぶり。
12月、クリスマス前の郵便局をなめてはいけない、が、それにしても。

郵便局の番号札を持って2軒のスーパーを往復、なおも局内で『お好み書き』を開く時間あり。

8月号トップは「追悼 永六輔さん 理不尽への怒り、権力笑い飛ばす英知、次代に伝えたい。」
僕は永さんについて、かつてTBSのラジオ番組を聞いたり、岩波から新書で出た本を読んだりぐらいしか知らなかった。
阪神大震災支援のイベントに毎年参加されて、最寄駅までの迎えを辞退するどころか、開演前に会場に入って自ら場内整理にあたったという。

永さんは日本国憲法の特に第99条がいいと語っていたという。
ブラジルのわが家の書棚から童話屋さんの文庫版日本国憲法を取り出す。

日本国憲法
第九十九条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。


『お好み書き』連載の松本仁さん「仁さんのよもやま花誌」はいつも楽しみ。
故・橋本梧郎先生に読ませたら興味津々かつ、その読み物としての面白さに嫉妬も感じられたことであろう。
この号は「オクラ」。
オクラはアフリカ原産と思い込んでいたが、インド北部の野生種が原種という説があり、仁さんはこちらを取るという。
眼からオクラ。
仁さんが育てたオクラは、高さ4メートルにもなったそうだ。
とてもオクラいりできそうもない。

「お好み書き記者独り言」で、日本の病院の入院患者は、選挙の院内投票ができるということも知る。

たっぷり楽しみ、勉強させていただく。
門田耕作さん、ありがとうございます。


12月6日(火)の記 松井さんを聴き直す
ブラジルにて


ビデオ編集機のデータの整理の都合もあり、『移民小説家 松井太郎さんと語る 西暦2011年版』を見直している。
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000044/20150527010990.cfm?j=1
松井さんのお話の聞き取りにくい部分に日本語字幕を施した作品だが、いま聴き直すと、いくつか異なって聞き取れる部分がある。

『ブラジルの土に生きて』改訂版の作業で、より耳が効いてきたのかもしれない。
新たな解釈の方がお話の意味も取りやすいようで、思い切って改訂版をつくる。
機材上のトラブルもあり、何度もお話を聴き直すことに。

実は、松井さんにお会いしたいという日本からの若い人がいる。
それもあってお宅に電話をしているのだが、応答がなく、ちょっと心配である。


12月7日(水)の記 アララクワワ エクスプレス
ブラジルにて


拙宅最寄りのポイントに午前6時15分集合とさせていただく。

出ブラジル間近の松林要樹さんに、ひと肌脱いで車を出す。
ブラジル移民用語でいえば、アララクワラ線の先まで、ひたすら走る。

寡聞にして、これまで移民史では聞いたことのなかった小さな町を目指す。
自分の取材ではないということ、そして無償のお手伝いなので、実に気が楽である。

以前に引き続き、強運を発揮。

僕より21歳若い松林さんが日本の第2次世界大戦を引きずっているのが、感無量。
彼がタイの奥地で紡ぎはじめた物語は、サンパウロ州奥地のかつての大コーヒー園までさかのぼってきた。

いまやコーヒーの木蔭のひとつも見当たらず、あたりは一面のサトウキビのモノカルチャー。
ざわわ、ざわわ、か。

帰路は強風と豪雨。
その先に、今日も虹がかかった。

今日の走行、720キロ。


12月8日(木)の記 大岡昇平の遺稿
ブラジルにて


昨日の松林さんとの遠征があったため、今週は今日一日断食をする。

映像の編集データと素材の整理とともに、紙の資料類の整理に着手。
昨年の引っ越し時におおざっぱに整理したものを、もう一度散らかす。

まるで無駄、徒労かもしれないという思いも…

そんななか、いくつかの掘り出し物あり。
いまはニッケイ新聞に合併された、かつての邦字紙・日伯毎日新聞の記事。
「遺稿 ひとむかし集 大岡昇平」「七十九翁はふるえている」。
1989年2月7日付で、だいぶ変色している。
朝日新聞からの転載記事のようで、前年12月25日に亡くなった大岡昇平さんが数か月前に寄稿したもの。

いくつか章ごとに見出しが付けられていて、その最後は「原発の増設 リスク大きい」
遺稿の記事の最後11行を書き写したい。

次の原発事故は、日本かフランスだろうといわれている。ところが日本は電気も余っているが、銭も余っているので、世界で原発を増設しようとしている唯一の国だそうだ。出力調整なんて数やっていれば、確率的にリスクは大きいはずである。七十九翁はふるえている。


12月9日(金)の記 発券
ブラジルにて


ようやく押さえた来年初めの訪日フライトの発券が、今日まで。
エージェントに電話をして、GOを伝える。
支払いをどうするかが、たいへん。

ラウンジ使用可能のアライアンスの会社での便が望ましかったが、とにかく経済的に厳しく、格安を優先す。

さあ、日本での上映の希望をいただいているところにスケジュールを伝えていかないと。


12月10日(土)の記 エビチリにレタス
ブラジルにて


こちらの義母が先日、エビチリというのはどういうのかしら、と漏らしていた。

思えばしばらくエビチリをつくっていない。
エビの値段が決して安くないのが、ネック。
昼時間の割引が始まる路上市で、思い切ってエビを買っておいた。
割り引いてもらっても1キロ邦貨にしてたしか約1200円、安くはない。

今晩のメインとしてこさえて、明日、義母に届けよう。
解凍したエビの、殻むきから始める。
けっこうな手間。

愛用していたカラーブックス版、文庫の中華料理のレシピ本が見当たらない。
ネットで調べるか。

エビチリに、レタスの千切りを敷くとある。
ふむ。
敷かなくても、添え物によろしいか。

消費に困るほど無農薬農場産の各種レタスが冷蔵庫にひしめいているのだ。
しかも玉レタス、サラダ菜、リーフレタスは緑に紫。
ここのところ、サラダ菜は来ていないようだが。

日本で学校給食あたりでもレタスが使われ始めてから、まだ半世紀経つかどうか。
当時のレタスといえば、玉レタスばかりだった。

玉レタスの千切り、エビチリによく合い、そのままでも好評。
冷蔵庫で傷ませる前に、刻んでいただこう。


12月11日(日)の記 あうもあわぬも
ブラジルにて


路上市へ。
生ダラの切身、一尾半キロほどのサバを二尾購入。
夕食は稲荷ずし作成の予定で、刺身用の魚はやめておく。

木曜に一日断食をしたので、アルコールは今日解禁。
明日また断食をするつもりで、一日限りのアルコールだ。

夕方、義母のところから戻ると、さっそく。
台所にあるバーボンがなかなか空かない。
はるか昔のもらい物だ。
飲みかけのトニックウオーター、これまた残りのオレンジを絞ってカクテル。
冷蔵庫の残り物をつまみに、そして稲荷ずし…

せめてウオッカベースにしといた方がよかったかな。
バーボンは、甘いトニックウオーターよりせめて炭酸水の方が合いそうだ。
そろそろ、ブラジル産の日本酒を買ってサケのカクテルが和食に合うか、試してみるか。


12月12日(月)の記 あもれいらをふりかえる
ブラジルにて


次の映像編集作業に入るために、ビデオ編集機のハードディスクの容量を空ける必要がある。
短編をいくつか消去しても追い付かず、なぜかデータを削除できずに強制終了を繰り返さなければならないものもある。
いやはや。

ついつい手を付けずにおいた『あもーる あもれいら 勝つ子 負ける子』の編集データ。
白素材という字幕やナレーションを取り除いた素材を作成してから消去することにする。

問題がないか、素材をチェック。
撮影から、すでに11年。
よくぞ、この取材に挑み、完成させたというのが素直な思い。
僕にとっては、奇跡だ。

このところ、恥ずかしながら経済的な危機から低迷期を迎えている。
こうした仕事を完成させたこと自体を励みとしよう。

なにか、自分に障っている観のあるデータも削除しよう。

今日も1日断食。


12月13日(火)の記 玄米茶の玄米選り
ブラジルにて


昨日は一日断食。
昨夕から玄米茶をいただいて。
出がらしのなかの玄米を選り分けていた。
それをお粥に入れる。
お茶殻が混じっても、茶がゆになってよろし。

ブラジルの義父母のルーツである愛媛の山中の脇製茶場の玄米茶。
ここのは、玄米がたっぷりしていて、飲んだ後に捨ててしまうのは、もったいない。

数年前の訪日の際、この脇製茶場を訪れたことがある。
大学を出たての若旦那が、紅茶にも挑んでいる、と試作品を提供してくれた。
一期一会のうれしい味だった。

この玄米は、どこで作られたお米だろう。
こころは、四国山中を行脚。


12月14日(水)の記 ジュンという男
ブラジルにて


ようやく移民小説家・松井太郎さんのご家族と連絡が取れた。
どうもあまり身心が芳しくなさそうだ。
松井さんは、齢99歳。

日本からの留学生二人を引率して、松井さんをお見舞いすることにした。
先回に懲りて、希望者に課題図書とリポート提出を貸して、それをクリアした二人。
松井さんを元気づけたい思いもある。

松井さんは歩行も自在とはいかなくなってきた。
おっしゃることも、ほとんど聞き取れない。

しかし小一時間も経つと、松井さんもエンジンがかかってきたようで、こちらのチューニングもより繊細になってきて、キーワードが聞き取れるようになってきた。
松井さんのお疲れとお昼時を考慮して、今日はおいとますることにする。

お世話をするブラジル人女性に聞いてみる。
親戚以外の訪問はまれだが、ジュンという人物がしょっちゅう来ているという。
松井さんの孫にもジュンというのがいて、まぎらわしい。
孫でない方のジュンというのは、何者か。

ジャーナリストか、大学の研究者だと思うという。
よく聞いてみると、僕のことではないか。
今日はオカムラと名乗り、いつもオカムラで通していたつもりで、お孫さんとの混同もあり、こっちも混乱した。

行きも帰りも師走の交通渋滞。
運転時間3時間、マニュアル車なので左足がガタガタになった。

事故にも犯罪にもあわず、留学生たちにも喜んでもらえたようで何より。


12月15日(木)の記 中隅哲郎vs橋本梧郎
ブラジルにて


この度の低迷期には、小さくとも他の追随を許さないだろうイベントをいくつか仕掛けてみた。
ひとつは、本日付のサンパウロ新聞に掲載された香山文庫での岡村ライブ上映会。
http://saopauloshimbun.com/%E5%B2%A1%E6%9D%91%E6%B0%8F%E6%8F%90%E4%BE%9B%E4%BD%9C%E5%93%81%E4%B8%8A%E6%98%A0%E4%BC%9A%E3%82%92%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%80%E3%80%8C%E9%A6%99%E5%B1%B1%E6%96%87%E5%BA%AB%E3%80%8D%E3%81%AE%E8%A6%8B/
および、
http://saopauloshimbun.com/%E3%80%8C%E9%A6%99%E5%B1%B1%E6%96%87%E5%BA%AB%E3%80%8D%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%96%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88%E5%AE%8C%E6%88%90%E3%80%80%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%A7%E3%81%AE/

今日は、「ブラジル学」を提唱されていた故・中隅哲郎さんのお宅で、拙作『南回帰行 橋本梧郎と水底の滝・第一部』の観賞会。
中隅夫人と、サンパウロ博物研究会役員の川上久子さんにご覧いただく。
この作品の撮影時、創始者かつ教祖の橋本先生を支えるべき博物研究会のずばり会長から、橋本先生の意を受けた僕のこの記録作業をおとしめるどころか、妨げるという、トンデモなお仕打ちをいただいていた。

生前の橋本先生の周囲には、橋本先生を利用して食い物にしようとするのと、橋本先生をお慕いして支えようとする方々の両極端に分かれていた。
問題の会長の名前も消えて、後者を代表する川上さんとぜひこの記録を共有したかった。

新たに僕のまるで知らなかったことを教えてもらい、中隅さんと橋本先生の比較など、興味は尽きないひととき。

中隅哲郎さん、橋本梧郎先生、そして昨日の松井太郎さん。
さらに昨日今日とやり取りを交わした佐々木治夫神父。

ブラジルでも日本でも、徒党によることもない僕は、なんとも心強い支えをいただいていることだろう。


12月16日(金)の記 五月の狂詩曲2016
ブラジルにて


ビデオ編集機まわりを少し片づけて。
『佐々木治夫神父の死者の日のミサ』を佐々木神父からのご指摘をもとにいじり、改訂版をチェック。

して、いよいよ『5月の狂詩曲2016』の編集作業に突入。
今年のメイシネマ映画祭を、昨年の行きがかり上、撮影したもの。
ただの記録を、アートにしうるかに挑戦。

今回は、いきなり自分のトークが出てくるので、たじたじ。


12月17日(土)の記 古新聞とテレビとアレッポ
ブラジルにて


しばらく会っていないサンパウロの友人と昼食でも、と思う。
しかしたまっている古新聞のチェック/処分を優先することに。
クリスマス時期に、人も来るし。

シリアのアレッポでの市民の虐殺問題が気になる。
昨晩、ニュース番組をつけたのだが、ブラジルの政治問題、そして飛行機事故に遭ったサッカーチーム・シャペコエンセがらみのニュースばかりだった。

古新聞をいじりつつ、まずブラジルのニュース専門チャンネルを選局。
が、シャペコエンセの生存者のニュースがメイン。
そのあとは、スタジオ内で出演者がぎゃはぎゃは笑っているような番組。

CNNを探す。
ロシアがアメリカにサイバー攻撃の疑い、選挙に関与したといったニュース。
アフリカ経済の特集に次いで、ようやくアレッポの映像が。

アジアプレス時代に縁のあった山本美香さんが殺されたのもアレッポだ。
今このときにも虐殺の恐怖におびえる人たちがいることを心に留めなければ。


12月18日(日)の記 グァピアラのグレープ
ブラジルにて


サンパウロは、プチトマトが甘く、安い季節。
2週間ほど前、路上市で日本の漫画チックな少女のイラストで、ずばり「あまい!」と日本語で記したラベルを貼った袋入りのプチトマトを見つけた。

今日もあった、200グラムで2.5レアイス、邦貨にして80円弱。
「グァピアラのグレープ」とこれまた日本語で書かれている。

グァピアラはサンパウロ州南西部、パラナ州に近い場所だ。
このラベルが面白いので、デジカメで写真を撮り、ツイッターとフェイスブックにアップした。

さっそくトマトなのになんでグレープかよ、とツッコミが複数入ってくる。
ちょっと調べてみると、プチトマトのスウィートグレープという品種は、日本で命名されてブラジルに持ち込まれたことがわかる。
問題は祖国にあり。

なんと、半日経たないうちにこの写真のツイートは100以上のリツイートと「いいね」をいただいた。
これも僕には前代未聞かも。


12月19日(月)の記 サマークリスマスのまえで
ブラジルにて


本業、と言ってもどれが本業だが怪しいものだけど。
とにかく、それ以外のことがけっこうある。

自分でなかなか気づかないのが、自動車のヘッドランプの球切れ。
先日、家人に指摘された。
先月、車を修理に出した時にひとつ替えたはずだけど、どの球だったかも把握していない。

ブラジルで最初に乗っていたフォルクスワーゲンのGOLは、僕のようなシロートでも珠替えができた。
現在のフィアットのは、マニュアルを見てもよくわからない。

思い切って朝イチでメカニックに電話をして、車を持ち込むことになった。
ふーむ、ランプを替えるのにまるで無関係な部分もおおげさに取り外さなければならないつくりになっている。
これは、シロートでは太刀打ちできない。

フマニタスの佐々木治夫神父に頼まれた橋本梧郎先生のブラジル産薬用植物事典をサンパウロ博物研究会の役員に手配していただいて、それを梱包するための段ボールを手配してから梱包して、年末の郵便局の長蛇の列について…
といったことが、なかなかの手間ヒマを要する。

先週末に、中隅哲郎さん亡き後「ブラジル学」を継承されたと僕が称賛してやまない岸和田仁さんから玉稿をいただいた。
毎月の『ブラジル特報』の編集をはじめ、お取込みな岸和田さんにぜひにと義父・続木善夫の遺著『大地と生きる 無農薬農業と歩んだ五十年』の書評をお願いしていたのだ。
これを義父のウエブサイト用に割付してアップ。
http://www.100nen.com.br/ja/tsuzuki/000248/20161219012453.cfm
この玉稿と岸和田さんについて簡単な紹介文を添えようと思っていたが、蛇足と思い、やめておく。

家族の事情により、一日断食は明日にする。


12月20日(火)の記 旅の予感
ブラジルにて


今日は、一日断食。
手紙書きをいくつか、ちびちびとビデオ編集。

新年、久々の家族小旅行計画あり。
現地の情報が限られているが、思い切ってインターネットで宿の予約を行なう。
お手頃値段のところは、最後の空き室だった。

向かうのは、南。
ブラジルで最もドイツ系住民が集中しているところとか。

宿から徒歩圏で食事のできるところがあるかなど、検索。
せっかくの場所のせっかくの食事、ワインやビールをいただきたいというもの。


12月21日(水)の記 夏の年の瀬
ブラジルにて


サンパウロは冬至を迎える。
ここのところ、アパートから拝める朝焼けが美しい。

サンパウロで光が美しいな、と思うとき、暦は冬至だったり夏至だったりすることがしばしば。
化学物質、放射能、電磁波等に汚染されまくった僕あたりでもそれを感じるぐらいだから、先史人にとってはたいへんな事だったろう。
先史時代のモニュメントが暦と密接な関係があることは、直感で理解できる。

さあブラジルの年最大のイベント、クリスマス間近。
来客用の食糧などの買い出しに。

こきたないが値段は安いスーパーマーケットは、なかを歩くのも大変。
経済不安と政情混乱で、今年のクリスマスは例年より盛り上がりを欠く感があるが、いるところには人がいるものだ。

いったん荷物を家に置いて。
いつでも列のある駅前の肉屋、最寄りの格安スーパーへの買い物に思い切って出かけると、こっちは意外と人が少ない。

すでにお休み、帰省モードの人も少なくないせいかな。

さあ、まだまだ買い残しがあるぞ。
明日はもっと早く出よう。


12月22日(木)の記 ブラジルの千葉
ブラジルにて


ビデオ編集と、徒歩での買い物。

午後、坂を下りた住宅街にある洋菓子屋へ。
ここの mil folhas と呼ばれるのが紙メディアに取り上げられたと知り、先日、訪ねてみた。
40分待ちといわれるが、安くないエスプレッソコーヒーを頼んで待機することにした。
それだけの甲斐はあった。

mil folhas とは「千枚の葉っぱ」の意味。
日本でもミルフィーユと呼ばれる洋菓子があることは知っていたが、これのことだったか。

決して安いものではないので、今日も二つ買って家族四人の小さなお祝いとしていただく。
今日もお店は人だかりがしていたが、待ち時間なしだった。


12月23日(金)の記 ブラジルのチナール
ブラジルにて


今日も買い物。
日中の日差しが厳しいので、午前10時前ぐらいが気持ちいい。

今年のクリスマスは、わが家にこちらの親類が集まることになった。
僕がフェイジョアーダをこさえることに。

黒豆を水に漬けて、塩漬け肉の塩抜きなど、今晩から仕込みに。

ほとんど僕の消費になろうが、アルコール類もそこそこに備えた。
カクテル用の苦み、ビターズ用に Cyner というブラジル産のアーチチョーク製のリキュールを買ってきた。
チナールにウオッカ、炭酸水で割ってありあわせのオレンジにライムを絞り込んでキッチンドリンク。

てっきりブラジルのオリジナルかと思っていたが、イタリアがオリジナルと知る。
日本でボトルを買うと2000yen以上か。
ブラジル産を安売り店だと、その数分の一ではないか。
この恩恵にあやかろう。


12月24日(土)の記 イヴの家族
ブラジルにて


クリスマスイヴは土曜となった。
昼過ぎぐらいまでは空いている店がそこそこあるので、今日も買い物。

フェイジョアーダづくりのメイン作業は、午前中に終える。
家族に昼も夜もフェイジョアーダというのも芸がない。

昼は日本の喫茶店風ナポリタンを鉄板で作成。

午後から、旅行に出ずにサンパウロに残った親類がぼちぼちやってくる。

フェイジョアーダの夕食後。
わが家はNHK国際放送を受信していないので、義母が持て余し気味。
こっちが皿洗いをしている間に、連れ合いが小津のDVDをかけるというが、選んだのが『戸田家の兄妹』。

義母は台詞が聞き取れないという。
1941年の作品で、確かに聞き取りづらい。

さて、僕が先品チョイス。
山田洋次監督『母べえ』。
台湾で購入したこのDVDは日本語字幕をオンにすることもできる。

好評。
まだ時間を持て余し、引き続き山田洋次監督、『家族』をチョイス。

日本の内国開拓移民のこの物語は、在外邦人には格別の思いを誘う。

今日は昼からアルコールもオンにしていたので、だいぶできあがる。


12月25日(日)の記 エビチリクリスマス
ブラジルにて


サマークリスマス全開。
今日も、昼にわが家に親類が集まる。

今日の献立は、エビチリ。
路上市のエビが急騰してしまい、冷凍物を買っておいた。
子供がたこ焼きをつくるというので、エビチリづくりとタコの下ごしらえを早めに済ませて台所を明け渡さねば。

急いだエビチリづくりだったが、エビの解凍後の水しぼりが不十分だったかな。

昼はアルコールを控えて、午後に義母を実家に車で送り届ける。
道路状況はスムースそのもの、特に帰路は信号待ちもなく、記録的な短時間。

まだ日中の明るさだが、インディアナポリス地区には、立ちんぼの「おねーさん」が。
このあたりに立っているのは、9割がトラヴェスチと呼ばれる女装男子といわれる。

車で徐行する僕にサングラス越しに微笑みかけてきた「おねーさん」は、男子には見えない。
通り過ぎてからバックミラーで追うと、さっそく赤い車が彼女の横に停まり、商談が交わされている。

市内の商店の9割以上が閉まっているが、こっちの商売はオカマいなしか。


12月26日(月)の記 真夏の読書
ブラジルにて


クリスマスの料理疲れ、飲み疲れ。

今日は今年最後の一日断食とする。

そもそも、暑い。

だらだらと、読みかけの本を開く。

原田マハさん『ジヴェルニーの食卓』(集英社文庫)。
マチス、ドガ、セザンヌ、モネの人を、それぞれ異なった視点と手法で描く。
面白い、面白すぎ。
今の日本人が、こうした小説を書きうるというのがすごい。
原田さんの名前を意識したのは、日本のラジオの朗読番組。
もっと読みたい作家だ。

先月、フマニタスの佐々木神父を訪ねた時、処分に困っているという蔵書を小さなつづらひとつぐらいいただいた。
うち、津本陽さん著『大谷光瑞の生涯』(角川文庫)。
こんな小説があったことをそれまで知らなかった。

大谷光瑞の西域探検時代については考古学徒時代にその事象ぐらいは知っていたが、それ以上を知る機会もなかった。
大谷光瑞、すごいではないか。
日本から最初のブラジル移民船「笠戸丸」が出る以前に、これだけのヴィジョンのもと、これだけのことを行なっているとは。

大谷光瑞は西本願寺教団の若きトップにして、現代におよぶ日本の仏教の大問題をきちんと認識して、世界規模かつ未来を見据えたダイナミックな活動に着手していた。

この小説は『大谷光瑞の生涯』と題しながら、その失脚、前半生で終わってしまっているのが残念。
それにしても日本とブラジルの葬式仏教をはじめ、浄土真宗関係者とまみえた機会も少なくなかったと思うが、彼らからこの大・光瑞の名前を聞いた覚えがない。

日本で時間と機会があれば、図書館あたりで光瑞の全集を探してみようか。


12月27日(火)の記 読書と編集
ブラジルにて


昨日付で書いた大谷光瑞のことをネットで調べてみる。
なんと今日が誕生日ではないか。
西暦1876年生まれ。
ちょうど140年目の誕生日である。

『五月の狂詩曲2016』のビデオ編集をすすめる。
前夜祭で上映された『五月の狂詩曲』を含めて4日間で12本の映画が上映されて、それぞれ原則として監督をはじめとするゲストのトークがある。
なかにはひとりで20分以上、延々と語る監督もおられる。
資料性も加味して僕はそれを極力、カットしないようにしているので全体が長くなるのはやむを得ない。

さて、今日の読書。
これも日本から担いできて読みかけだった『無限の網 草間彌生自伝』(作品社)を読了。
1960年代にアメリカでアメリカ国旗を次々に燃やして男女入り乱れての全裸のパフォーマンスを演出、さらに乱交パーティを主催というのだから、超弩級の人である。
それでいて書かれていることは、クラシックかつ宗教書の趣もある。

「人生は真実素晴らしいとつくづく思い、体が震えるほど、芸術の世界は尽きることなく興味があり、私にはこの世界しか希望のわく、生きがいのある場所は他にないのだ。」(前提書)


12月28日(水)の記 師走に詰める
ブラジルにて


いったんつなぎ上げた『五月の狂詩曲2016』を、もう一度、最初からチェック。
細かいカット尻や音声レベルなどを調整。

トークの部分で、落とせる部分を極力、落とす。
トータルでまだ数分もカットできたとは、快挙。
編集の醍醐味。
巻分けをどこでするかを懸念していたが、これでかなりスムースにいきそうだ。

昨晩は、暑さの夏のビーフシチュー。
今晩は、軽くホットドッグ。
付け合わせを何品か、こさえる。
ハイビスカスティーのハチミツ入り、ホットに続いてアイスでもいただいてみるが、悪くない。
これでもらいもののハイビスカスティーふた袋、少しは消費の目途がついたかな。


12月29日(水)の記 前世期のダカーポ
ブラジルにて


今年4月に日本で撮影した映像をチェック。
短編の小品としてまとめてみようか。

さあ何から片づけるか。

日本で購読していた『ダカーポ』という月2回、発行されていた雑誌が読むのが追いつかないまま廃刊になって久しい。
ちょいと検索すると1980年に創刊、2007年に休刊。
その後もネット版があるのを初めて知った。

日本の亡母が地元祐天寺の王様書房という本屋で取り寄せてくれていた。
訪日の度に適量をブラジルに持ち帰っていたが、西暦2000年のもので読みとどまっている。

こういうのが、いちおうチェックしないと捨てられない。
911事件の前年、森総理大臣の「下半身問題」が週刊誌をにぎわしていた頃…

しめて今日は6冊分をチェック、いくつか切り取り。
恥ずかしいから具体的に書かないが、いまだに読んでいないとは情けない、大切な書を逃していたことに気づかせていただく。

『ダカーポ』はそこそこの本好きには重宝な雑誌だった。
僕が唯一、購読を続けていた日本の雑誌だが、もし休刊になっていなかったらさらにそれだけのスペースを占拠していたかと思うと恐ろしや。


12月30日(金)の記 1946その後
ブラジルにて


炎熱の日々が続く。
家族から、うどんを食べたいとのリクエストあり。
夜は、冷やしきつねうどんとするか。

サンパウロの日本食材店なら、日本製の乾麺も買えるが、ブラジル国産の3倍以上の値段になる。
ブラジル製のうどんも複数あるのだが、「MEZZANI」というイタリアンな名前のメーカーのものを買ってみる。

UDON-TALHARIM CASEIRO、タヤリンは日本でもイタリアン通、パスタ通ならご存じのパスタの一種だが、「自家製タヤリン」と銘打っている。
「desde その後 1946」とずばり日本語まじりで印字されている。
「desde 1946」は直訳すれば「1946年以来」、少し日本語らしくすれば「操業1946年」といったところだ。
「その後」とは辞書か翻訳ソフトでの訳語そのままで、日本文化に属している人の手を通したとは思えない。
ウドンそのものにも期待はできなさそうだ。

パッケージの裏側を見ると、どう見ても日本人移民の夫妻と少年の白黒写真が印刷されていて、創業者の家族とある。
そもそもこのメーカーはバウルというサンパウロ州内陸の日系人の多い街にあるではないか。

MEZZANI社のウエブサイトをみてみると、1929年に移住したナカザワさんという日本人が起こした由。
1946年といえば、いわゆる「勝ち組」事件、日本が第2次大戦に勝ったと信じ込む移民グループが日本の敗戦を認める人たちにテロを繰り広げていた時だ。
ナカザワさんがあえてイタリアンなメーカー名にしたのは、このあたりの問題と関わっているのかもしれない。

おっと、ウドンとはいえ、アルデンテぐらいの茹で加減にしておこう。
お味の方は、まあまあ、といったところか。


12月31日(土)の記 「竹ヤブ」に拾う都市の貌
ブラジルにて


今日も買い物に出る。
売れ筋の日本食材店の混雑はたいへんなものである。
入り口付近に丸餅がどっさりと置かれている。
レジの長い列につく人はプレゼント用に包装を頼む人も多く、店内は大わらわ。

通常の大晦日は運転手として、妻の実家におせち料理づくり要員となる妻子を送迎する任務がある。
今日は妻子は別の幸便で行くことになり、こっちはひと息つく。

年内に最低限の混乱は片づけたい。
20年近く段ボールに押し込めていた書籍類を取り出して、濡れ布巾で汚れをぬぐう。
さあ、どう処分するか。

1989年発行の雑誌『マージナル』vol.04。
「漂泊・闇・周辺をめぐる」と銘打った雑誌で、サンカ系などの意欲的な記事が印象に残っている。
この号の特集は「都市が分泌する闇」。
なんと、瀬戸山玄さんが「『竹ヤブ』に拾う都市の貌」という記事を寄稿しているではないか。

瀬戸山さんとは近年、日本で知り合った。
何度か拙作上映会に来て下さり、常に舌を巻く鋭い指摘をいただいている。
先回の訪日で瀬戸山さんの著書『里海に暮らす』(岩波書店)を入手したが、その綿密なフィールドワークと取材力には目をみはるばかり。

さてこの「『竹ヤブ』に拾う都市の貌」。
面白すぎるのだ。
東京近郊の竹藪に捨てられたゴミの観察から、まさしく現代の日本の闇を紡ぐ出していく。
たいへんな情報量と問題提起に富んでいて、2度読み返したが、まだまだ読み込めていない。

興奮とともに、諸々の作業は中断状態。
思わぬ拾いもので、お片付けどころではなくなってしまった。

台所をにぎわす飲みかけの、値段の割にあまり好きになれなかったカシャッサ(ブラジリアン焼酎)も「年内に」空けてしまおうと意気込んで、ますます…

西暦2017年の日記は、以下に続きます!
http://www.100nen.com.br/ja/okajun/000249/20170102012486.cfm


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