1月の日記 総集編 水俣 山ゆかば (2025/01/03)
1月1日(水)の記 小さい正月みつけた ブラジルにて
ブラジル・サンパウロでは正月元旦といってもこれといった特別なことは見当たらない。 道路事情はクリスマスに勝るとも劣らない閑散ぶりで、商店も開いているところを探すのがむずかしい状況。
これといった新年の飾りはなく、クリスマスの飾りをすでに外しているところも少なくない。
こちらの親類宅で恒例の新年の集い。 日系人が大半だが、年を追って料理は和風より洋風のものが増えてくる。 手づくりのお節料理は、だんだんと量も、正直なところ味も右下がり。
ふだんの食事当番のワタクチは「捕食者」に専念させていただく。 日本でカズノコが買えていれば、カズノコぐらいは一品用意したのだが。
1月2日(木)の記 おそ松くんの異国のイトコ ブラジルにて
こちらの親類関係者がサンパウロ近郊に集うことになった。 わが家族が一族の最高齢者を車に乗せて護送することになる。
山道の街道をいく。 この街道でよく立ち寄るサービスエリアのカフェがある。 店内に意欲的なグラフィティもあったはずで、トイレ休憩含めてひと息入れたい。 が、お年寄りに降りるのはおっくう、と却下される。
おや、目的地の標高は1000メートルはあると思っていた。 が、ウイキで見ると803メートルか。 それでもサンパウロ市よりは高い山地だ。
日本人移民がパラナ松と呼ぶアラウカリア松の分布はブラジル南部のパラナ州がメッカ。 それ以外にさらに南部のサンタカタリーナ州、リオグランジドスール州に分布して、そのほかミナスジェライス州、リオデジャネイロ州、サンパウロ州などの高地、寒冷地にも分布する。
今日の宿には装飾品がそこそこあり、パラナ松を描いた絵画もあった。 それにしても絵心をそそる樹形。
年末には現代画家の描いたパラナ松の画集をうっとりとながめていた。 さて、このあたりに実物はあったかな?
1月3日(金)の記 大蚊群 ブラジルにて
(すでに1月6日。3日のことはなにを書こうかと想いを巡らせて。「大蚊群というタイトルを思いついた。)
「大蚊群」という言葉を検索してみると、意外とヒットゼロ。 「大蚊」はかなりヒットがあり、いずれも中国語だ。 漢字の大蚊:Tipulidae とはなにか、検索… ほう、ガガンボか。
ガガンボの大群なら、おそらく「かほど」苦にならないだろうと思うけど。
昨日、サンパウロ市の北方近郊のリゾートに到着。 敷地内にある都市型のリクレーション施設にはまるで興味がわかない。
エコロジー散策の小径があるとわかり、行ってみる。 バミューダにサンダルという軽装で臨んだところ… 入口部で猛烈な蚊の群れに襲われる。 ・・・これだけひどいのには、これまで遭ったことがあるのかすぐに想い出せない。
せっかくここまで来ても、これでは大半の人が引き返すことだろう。 全長500メートル。 意地で行ってみるか。
・・・蚊群を追い払う、叩くのに追われてエコロジー観察どころではなかった。 敷地内には水場が多く、この小径のすぐ横にも河川が流れている。
ほんらいなら蚊類が発生しても、それを適度にコントロールするトンボ類がいるはずなのだが。 鼻の穴にまで蚊が入ってくる。
エコシステムのこの乱れ。
汗だくへろへろで部屋に戻り、まずはシャワーと着替え。 こうなると着替えが足りなくなる… さっそく洗濯。
1月4日(土)の記 森の再会 ブラジルにて
今日は午前午後と2回、昨日チャレンジした森の小径を歩く。
Gパンに靴下に運動靴、野球帽に首に日本手ぬぐい。 そして日本の金鳥を携帯用蚊取り線香に入れて。
近くで花の植え替え作業をしていたブラジル人労働者が僕を呼び止め、防虫スプレーを使わせてくれた。 蚊の量は昨日よりだいぶ減ったが、これでもそこそこにたかってくる。
だがようやく少しはあたりを観察できる余裕がでてきた。
おう、久しぶりにツノゼミと再会! このあたり(どのあたりまでといっていいか)の普遍種で、Membracinae科とみた。 苔むした岩に軟体動物らしきものが這いまわった後があり、その主に出会いたいもの。 これだけの這い跡だと、日本のヤマナメクジ、アフリカマイマイクラスの大きさかも。
さらに小道を抜けた道路の縁石で、おそらく在来種の陸貝:カタツムリの匍匐中に遭遇。
ノートパソコンを持参してきている。 午後は編集中の動画の作業を再開。
自宅以外での編集作業は、妙高高原の温泉付き山荘以来かな。
1月5日(日)の記 山道の白煙 ブラジルにて
午後にリゾートをチェックアウトの予定。
敷地内にチャペルがある。 毎日曜の11時30分からミサが行われる由。 このリゾートでそもそも人が集まるのか、興味津々。
部屋から意外と時間がかかり、開始時間直前に到着。 うわ、満杯ではないか。 チャペルのキャパは、着席者で最大80人ぐらいだろうか。 長椅子はほぼ埋まり、乳幼児連れも多い。
この地域のカトリック共同体の世話役が司会をする。 マイク未使用で、神父の声は聴き取りにくい。 年末年始休暇で、代理の神父だという。
ここの自由献金はホテル側はノータッチで、すべて地元の共同体に収まる由。
帰路も高齢者を護送ミッション。 年始の日曜でサンパウロ市内の道路状況はスムースのため、2時間弱所要といったところか。
山道で急な降雨もあり、油断はできない。 ひとたび詰まるとこのあたりは回り道がなく、何時間も立ち往生ということがしばしば。
おや、前方に白煙があっている。 山焼きとは異なるようだ。 ・・・こっちの下り車線のようだ。
路肩に何台も乗用車が止まっている。 玉突き事故か。 それにしては台数が多い。
一台の乗用車がボンネットを開けて、そこから白煙が立ち上っていた。 ひとりの男性が近くに立ち、消火器らしきものを脇を通っていく自動車たちに見せている。 消火器を貸してくれ、ということなのか。
すでに下り車線の車は徐行して渋滞気味。 こちらは車椅子使用の老人を乗せているし、そもそも今の車の消火器の設置位置を確認していない。
いまだ救援車は未着のようで、路肩にならぶ車は事故に巻き込まれたというより、事故車に救助をはかるためのようだ。
どういう事態かは不明だが、事故車の横を通り抜けるときには今にも爆発するかとひやひやだった。
自分の危険もかえりみず、見ず知らずの車と人の事故の救助に立ち向かっている人がいるとみた。
ブラジルの凶悪犯のニュースは日本でも消費されているが、こういうのはあまりメディアからは伝わってこないようだ。
高齢者を送り届けてから、帰宅。 こちらは無事故で、やれやれ。 あ、クルマの消火器の位置を確認しておかないと。
1月6日(月)の記「悪に対する毎日の戦い」 ブラジルにて
次のミッションまでに読み終えておきたい本がいくつかある。 その合間に… PANIB(日伯司牧協会)発行の月刊誌『オリゾンテ』を開く。 日本語とポルトガル語のバイリンガル雑誌。
日本語記事の「悪に対する毎日の戦いに神の武具をつける」から以下を書き出したい。
(前略) キリスト者の生活は、救いの祝福だけに要約されるものではなく、肉の罪深い欲望や闇の霊的な力に対抗する姿勢も含まれています。 サタンとその悪魔の軍団は、キリストとその民に反対するために絶え間なく働いている。 悪の勢力は神の御業を破壊したいのです。 サタンは狡猾で巧妙な手段で、常に私たちを欺こうとする。 罠をかけ、偽装し、ずる賢く、ぬけめなく、私たちをだまそうとする。 過ちを犯させようとする。 サタンは、私たちがサタンに服従しなければ、サタンは私たちを支配できないことを知っている。 従って、この戦の現実を単なる人間的なものとして過小評価することはできません。 だからこそ、キリスト者が神の武具を身に着けることは、聖書の命令です。 神の武具とは、神を信じる者が悪の力、サタンと戦うことができるように、神が与えてくださる完全な霊的徳のことです。 (後略) (行替えは引用者による)
こうした言葉が、実感を持って骨身にしみることになろうとは。
1月7日(火)の記 「内在するアマゾン」 ブラジルにて
『千住博 南米流転 / 第四巻・内在するアマゾン』をYouTubeにて公開開始。 https://www.youtube.com/watch?v=IJWwp8DbV_U 一昨日、サンパウロ近郊のアチバイアのリゾートで完成させていた。 ちなみに、今日は主人公の千住博画伯の誕生日。
この作品は、昨年末から編集に取り掛かり、年を越して完成となった。 当初はもうすこしチョロい副題をつけて、仕上げ作業にかかっていた。 ところが念のための完成版のチェックで、編集中には気づかなかったノイズが生じている。 さかのぼってみると、データの移行中に生じたものだった。 これがあるから油断ができない。
作業を改めてやり直し。 その際にあらためて千住画伯の言葉を何度か聞き直した。 現場で予告なしのこちらの突っ込んだ質問に、きちんと、そしてこちらの想定以上の深い話を返してくれる。 この人は、タダ者ではない。 そして、何度聴き返してもうんざりすることなく、こちらに新たな気付きをもたらしてくれる。
そんななかから新たな副題を考えて付け直した次第でした。
1月8日(水)の記 トウフの過度 ブラジルにて
朝、事情により近所の日系食材店にノド飴系を買いに行く。 顔見知りの店のアニキに「豆腐が入りましたよ」と言われる。
昨夕は事情により豆腐を探して、4軒目にこの店に寄った。 すでに日系の小売店2軒、日系のスーパーも回っていずれも豆腐コーナーはすっからかんだった。 この店のアニキに「(新年の豆腐の入荷は)明日からですよ」と教えてもらった次第。 油揚げは置いてある店もあったが、旧年作成のものだろう。
これじゃあ東洋人街に出向いてもむずかしいだろう。 と、近くの高級スーパーを思いつく。 行ってみる…
おう、あった! 見慣れぬ銘柄で、オルガニックをうたっている。 気になるオネダンは、230グラムで27レアイス、約700yen! そもそも当地では祖国より豆腐はずっと割高になる。 してさらにふだん購入しているものの倍近い額だ。
どこ産かな? へえ、リオデジャネイロとは。 賞味期限は今年2月となっている。 なかなかのオルガニックだ。
ちなみに成形は外側は崩れ気味で、お味はこちらの並の木綿豆腐でした。
1月9日(木)の記 不ぞろいな営業開始 ブラジルにて
いくつか所用があって、東洋人街に出る。
うわ、買い出しを予定していたお店一軒がいまだ年末年始の休業中だった。 10日までお休み、と張り紙あり。 すると、土曜から店を開けるのか?
ブラジルの新年の仕事始め、店の営業開始はまことにまちまちだ。 元旦は祝日でもあり9割以上がお休み。 翌2日から営業開始のところもあれば、こうして今でも休みのところもある。
この不ぞろい感がよろしいと思う。 ところでお目当ての店が休みだったため、近くの類似の店に行ってみるがぱっとしない。 土曜か来週アタマか、また来るしかないかな。
1月10日(金)の記 カフェブレイク ブラジルにて
あれやこれやで「快調」「好調」とは言えない状況。 免疫力、体力の温存をカラダが求めているのかな。
午後からサンパウロ市内で邦人の知人と打ち合わせ。 お互いの交通の便を考えた「いつもの」日系人のカフェにて。
だが経営者らしい日系の女性があまり感じがよくない。 招かれざる客、なのかな?
落ち着いたら、この地域の他の打ち合わせ用カフェを開発しましょう。
思えばよりわが家に近い日系女性の経営するカフェもあまり感じがよくないのに気づく。
カンジがむずかしいのなら、やわらかくひらがなでお願いしたいものだ。
1月11日(土)の記 『下下戦記』 ブラジルにて
ゲド戦記ではない、ノンフィクションライター吉田司さんの渾身の作品『下下戦記』である。 舞台となる水俣現地では「厄災の書」として長い間、封印されてきたというこの書が単行本とされたのは、西暦1987年。 今回、僕がようやく読み上げたのは文庫版の初版で1991年刊行。
1970年代、吉田さんが当時の若き水俣病患者らと「若集宿」でともに過ごした記録だ。 読み向かうにはかなりの覚悟が入り用で、これまで何度か挑んで読みかけになっていた。
ここのところ、この大著を読み上げることを優先していた。 本日ついに読了。
すごいルポを読んでしまった。 水俣病関係でいえば、いまの僕には去年、再読した石牟礼道子さんの『苦海浄土』よりこの吉田さんの『下下戦記』にこだわりたい。 『下下戦記』文庫版の川元祥一さんの解説から。
「ケガレ」そのものが妄想であるが「ケガレ」が「伝染」するというのは輪をかけた妄想である。しかしこうした妄想による部落差別が今も後を絶たないのが日本人の現代なのである。
伝染病そのものがブラジルでも日本でもリアルで身近になったいま、あらためて考えていきたい。
1月12日(日)の記 オクトパシー ブラジルにて
朝、クルマで出ると違和感あり。 とりあえずガソリンポストへ。 原因はわかるが、今日は年始の日曜。 所用も修理を明日にまわす。
日曜の路上市へ。 思い切って久しぶりにタコを買ってさばくか。
小ダコは手頃な値段だが、干物にでもしたらよさそうなサイズ。 もう一軒を見てみる。 手ごろなサイズのがある。 お値段は、キロあたり3000yen以上!
うーむ、オトナ買いするか。
タコをさばくのは、何年ぶりか。 日本語のネットで処理法をチェック。 いろいろありますね。
ポルトガル料理風の、タコのニンニクオリーブオイル炒めをこしらえるのが目的。 うわー、だいぶ収縮しますねー。
にじみ出る汁も、うまみが凝縮。 日本じゃタコを、自分からオーダーしたことはなかったけど。
家族のタコの購入家族にたまげるが、まあたまにはいいでしょう。
1月13日(月)の記 東欧のMINAMATA ブラジルにて
僕が見ていなければ、シャレにならない映画がある。
それを登録してカネを出せば、ブラジルからでもオンラインで視聴可能とわかった。 さっそく、うち一本を見ることにする。
映画『MINAMATA』。 西暦2020年の映画。 コロナ巣ごもりの時期で、ブラジルで公開されたのも気づかなかった。
・・・、想いはそぞろ。 にしても、アメリカ合衆国制作でよくぞこのような映画を実現したものだ。
事実をもとにした創作だが、「チッソ」は実名で登場。 映画のなかの水俣の人たちが英語ではなく、熊本弁をしゃべるのもうれしい。 ユージン・スミスが沖縄戦を取材していたことは失念していた。
それなりにがんばったのだろうが、ロケ地に違和感がある。 とくに植生。
ロケ地はヨーロッパのセルビアとモンテネグロの由。 するとあの海は、アドリア海か。
長崎が舞台の話を台湾でロケしたスコセッシの『沈黙』にも違和感があったが。 それよりはるかに「距離感」がある。
沖縄戦をテーマにして、オーストラリアでロケした映画もあったっけ。
円安の日本でじゃんじゃんカネを落としていってくださいよ。
1月14日(火)の記 ブラジルのコナモン ブラジルにて
所用で東洋人街へ。
さあ、ひと通り片付いた。 どこかでいっぷくするか。 ・・・、マクドナルドはお子ちゃまセットの景品がショボい。
あらたにタイヤキ屋みたいのができたな。 昨日はタイヤ屋、今日はタイヤキ屋といくか。
まだ開店まもないだろうこの店は、目につくスタッフは非日系人ばかり。 昼前の時間で、他に客はいない。 タイヤキ以外の塩味のものもあるだりか、とメニューをチェック。
「カラブレーザ」というのをオーダー。 カラブレーザはイタリアの地名に由来するソーセージ。 どんなものが出て来るかと待機すると、カラブレーザソーセージを具にしたポンデケージョだった。 飲み物はアイスラテで。
ちびちびと他の客も入ってくる。 店内は広いので、店員や他の客たちを気にせずにとりとめもなくできてありがたい。
そうか、ここはソフトクリームがメインなのだな。 ソフトクリームのコナモンつながりでタイヤキ、はてはポンデケージョまで供されるという訳か。
お値段は安くはないが、友人知人との待ち合わせとおしゃべりにも悪くなさそうな店だ。
1月15日(水)の記 水俣曼荼羅 ブラジルにて
話が大きくなってきた水俣ダブルミッションに備えて。 原一男さんの『水俣曼荼羅』が有料だがオンラインで鑑賞できるのを知り、この月曜から対峙している。 全三部六時間あまりの大作だ。
本日、ようやく鑑賞終了。 すごいドキュメンタリー映画だ。 これは僕にとって必見だった。
第一部の浴野医師、第二部の患者さんの生駒さんなど、ドキュメンタリーははじめに被写体の魅力ありき、という僕なりの原則も再確認した。
似たようなことを僕の師匠の牛山純一も口にしていたが、彼はがらがら変わる。 そして僕がこれを痛感したのがこれも原一男さんの『ゆきゆきて、神軍』の 奥崎健三さんだ。
拙著に書いたが、牛山さんがパリ国際ドキュメンタリー映画祭に出席する際に僕はブラジルからフランスに呼ばれて諸々の打ち合わせをした。 この時、原さんは『ゆきゆきて、神軍』をひっさげて参加、僕も会話をしたが先方は覚えていないことだろう。
『ゆきゆきて、神軍』に牛山は嫉妬を感じたと僕は見た。 ズバリ牛山好みの話だが、さすがの牛山もテレビではこれはできなかったろう。 夜の酒席で牛山は「オレは(この作品が)キライだ」と言った。 僕はすでにフリーとなり、大牛山にもい一ことを言う・言える・言うべき立場になった。 赤ワインをだいぶいただいてから僕は言った。 「でも牛山さん、ドキュメンタリーは被写体(が最重要)だ」とおっしゃってますよね?」 牛山は不服げに肯定した。 「この奥崎さんは被写体として、絶妙に面白いですよね?」
僕は牛山をキレさせてしまった。 牛山がどなった。 「オレはこれがキライなんだ!」
原さんの『ゆきゆきて、神軍』はこの映画祭のドキュメンタリーに輝いた。 僕にキレた後の牛山さんが、映画祭のカクテルパーティーで原さんに出会った時の言動は、師匠の名誉のためにここでは控えておきましょう。
1月16日(木)の記 空港ウオーキング ブラジル→
T3, or not T3?
一昨年にエチオピア航空を利用した時は、サンパウロ・グアルーリョス国際空港の第3ターミナル発着だった。 が、あの時は第2ターミナルまわりの工事もあった。
今回、サンパウロ出家前にエチオピア航空からオンラインでいくつか送ってきたものを確認するが… ナントまちまちではないか。 第2ターミナルになっていたり、第3ターミナルになっていたり。
ネットで調べると、しばしば変更あり、の由。 電話をしてもなかなかかからないかアテンドしないことだろう。
オンラインで最後に届いた搭乗券画面にはT3とある。 空港のウエブサイトで発着予定を調べてみて、T3とあり。
タクシーとシャトルバスで堂々と第3ターミナルにて下車。 掲示板を確認すると… エチオピア航空機の受付カウンターのCというのが第3ターミナルにはないではないか。 複数の空港職員に尋ねてみる。
ようやくわかったのは、エチオピア航空機はチェックインは第2ターミナルで、搭乗は第3ターミナルから!ということだった...
第2と第3は歩いても移動できるのだが…
こころみにネットで両者の距離を調べてみる。 自動車だと5キロの距離! 徒歩での屋内の移動は、約15分とある。
これを往復。 ああ、今日はよく歩けた、比較的安全に。
かつてのVARIGブラジル航空や日本航空での訪日では、この現在は第2ターミナルと呼ばれるようになった古い建物を使用していたので、なんだかサウダージ。
1月17日(金)の記 空の無法地帯 →エチオピア→
エチオピア航空機では、他では「あまり」ない事態が発生することが少なくない。 ブラジル日系社会の要人から、無償で担いでくることを頼まれた札束を番号カギを施したバッグに入れて頭上の棚に置き、消失したことは事件が「白眉」か。 その御仁の取り巻きから僕の人格から作品までSNSで誹謗中傷を繰り返された。 法難である。 最近、機上の盗難事件はようやく日本のニュースにも取り上げられるようになってきた。 僕は被害者のパイオニアといったところ。
今回は座席のモニターはじめ電気系統が機能しない。 客室乗務員にクレームすると「なんとかしましょう」と言い残されたものの、放置された。 午前1時30分発のフライトで、さっそく食事が出たが、わが座席はテーブルも壊れている。 座っている僕の側に傾いていて、トレイが落ちてきてしまい、手で支えていなければならないのだ。 コールボタンが機能しないので通りがかりの乗務員にクレームすると、トレイの端がフック状になっていて、トレイを縦にしてフック部をテーブルの端にかけて支えよとのこと。 これは文字で読んでもわかりにくいことだろう。
エコノミー席は8割以上の入りか。 僕の希望の通路側の空席は見当たらず、よもやビジネスクラスにでも替えてくれないかと思いきや、ガン無視・・・ そうこうしているうちに深夜発のため、こちらも寝落ち。
サンパウロからアジスアベバまで12時間近いフライト。 目覚めて、まだ3時間あまりの時間がある。 映画が見れないどころか、読書灯も故障しているので本も読めない。
長時間フライトだが、途中の軽食やドリンクのサービスもなく、乗務員の見回りもない。 ようやく通りがかった乗務員にふたたびクレーム。
非常口の脇の席を提供された。 いろいろ端折るが、3-4歳ぐらいのチャイニーズの少女が機内を走り回り始めた。 それを止める保護者も乗務員もいない。
乗務員が回収しないため、小娘は床面に置かれた食後のトレイ類などをひっくり返して走り回り、残飯があたりに散らばる。 さらに折りたたみの乗務員席から飛び降りるなどして遊んだ後、非常口の取っ手を開けようとし始めた!
僕の隣席のアフロ系の男性が娘を取り押さえた。 その後、この男性はどこかに行ってしまい、味をしめた小娘がまた取っ手を開けにやってきた。
僕はベルトを着用しているため、すぐに立ち上がれずにポルトガル語で「ダメ!」と叫んだ。 なおも非常口を開けようとする娘を、さらに大声で制す。
娘は激しく泣き出し、保護者らしいチャイニーズの女性が僕をにらみつけながら娘を「いったん」連れ去った。 英語で、そんなことをさせてはだめじゃないか、という声が背後から。
客室乗務員はまるで関わらない機内の非常事態のひとコマでした。
飛行中の非常口の取っ手は小娘がいじったぐらいでは開かないように思うが、これはやってみないとわからない。 なにせ電気系統、備品の故障も放置してある機体で、乗務員は非常時に備える意識がないし。
1月18日(土)の記 最近機内邦画事情 →大韓民国→日本
エチオピア航空の機内映画。 日本映画が二本あった。 いずれもさして食指が動かないが、まあタダだし。 あまりに耐えられなかったら、やめればいい。
まずは『からかい上手の高木さん』。 いかにもアニメが原作な感じ。 瀬戸内海の島の中学で同級生だったカップルが、20代になって再会。 「プラトニック」以前の性的関係だが…
男の方は20代、しかも体育教師。 性的にはギンギンというのがリアリズムだろうが、なんとも草食系で。 機内映画ではしばしばカットされるようなセックスシーンは、そもそも皆無。
もう一本はカタカナのタイトルで、僕の知っているような俳優やスタッフもなく。 タイトルをメモ帳に控えたが、そのメモ帳が見当たらない。
(執筆時にキーワードで探してみるが、そもそもキーワードも乏しくて、タイトルにたどりつけず。)
団地の管理人をしながら、ひとりでパソコンを用いて音楽をつくる青年。 同じ団地住まいの女性がたまたまその曲を聞いて、いたく惹かれてしまう。 ふたりは奇妙な同棲生活を始めることになるが… 性的な関係はうかがえない。
若い男女を描いて、キスほどのセックスシーンがなくても劇場公開映画が成立して。 それが国際線フライトの上映作品にも選ばれるというのが面白い。
二本とも、そこそこに面白かったし。
1月19日(日)の記 スマホがたり事始 日本にて
睡眠は、仮眠程度。 早朝から動く。
まずは渋谷。 ブラジルで出会った知人に話を聴く。 機材類買出し。
仕切り直して、いざ高円寺アパレシーダへ。 今宵のイベントは事前予約・招待者のみで満員となったが、オカムラ系で予約をしてキャンセルを告げ卯に来ない人、数名あり。 いっぽう店主Willieさんも僕も存じ上げない男女の方が来ていた。 ナゾ。
僕のスマホのインスタの画像をプロジェクターで投影して、ブラジルのグラフィティを中心に森羅万象を語るという試み。 けっこう語れることはあるもんだな。
早朝から動いて、旅の重さと時差ボケもあって、細かくトークネタの構成を練れていなかったのだけれども。 来場者の関心もまちまちで、かえってそれでよかったかも。 おおむね好評、という感触。
今後はより「カプリッシャ」しませう。
1月20日(月)の記 温泉宿悲喜こもごも 日本にて
早朝より長距離バスとJR鈍行の乗継で山形・寒河江に向かう。 せっかくの温泉宿だが、温泉入湯用の古いメガネを持参しそびれたことに気付く。
トランジットの仙台でヒャッキンを探す。 度付きの格安メガネを買おうという算段。 バス降車場とJR仙台駅の途中にヒャッキンあり。
だが…、 ヒャッキンにあるのは老眼鏡ばかりだった。 度付きのグーグルとかは…さすがにスポーツ店まで物色している時間はない。
仙山線の雪景色はすばらしいが、前の席の地元のカップルの男が奇矯に騒ぎ続けて興ざめ。 途中で席を移動。
寒河江では、定宿より値の張る老舗の温泉宿をフンパツ。 創業100年を超えた由。
ひと気のないフロントでチェックインの際、お茶をいただく。 が、電気ポットで数日ぐらい煮沸を繰り返した水の味。
部屋のトイレはシャワー機能なしだった。 困ったのは、Wi-Fiは下のフロント周辺のみ使用可能だということ。 一泊のみだが温泉入湯を繰り返しながらパソコン作業をするのがお気に入りで、今回もノートパソコン一式を担いできた。 そもそもノートPCでするべき作業もたまっているし。
さらに僕には不都合なことに、深夜から早朝まで温泉に入れないのだ。 永遠の時差ボケの僕にとっては、この時間の入湯こそ最優先したい案件。 寒河江の定宿の方は、これができたのだが。
まずはひと風呂浴びてからの訪問先で、手作りの漬け物類をいただく。 これが絶品。 まさしく舌鼓を打つ。
1月21日(火)の記 オナカマに会いたい 日本にて
先回はせっかく訪ねたものの、祭日の振り替えで閉館日だった。 山形県中山町立歴史民俗資料館。 いざ再訪、イザイホー。
山形にも青森の恐山のイタコや沖縄のユタのような女性の霊能力者が「いた」ことを現地とのご縁で知った。 これがそもそも奥深い。
山形県では地方によってその名称も「ワカ」「ミコ」「オナカマ」と分かれる。 僕の縁のある寒河江や、隣接するこの中山町の地域では「オナカマ」と呼ばれる。 地元の研究者が発見したオナカマの「呪具」類を一挙に展示しているのがこの資料館だ。
オナカマの女性たちが霊を呼ばうのに用いた梓弓(あずさゆみ)、そして南方の貝と本州の野獣の牙や骨を配した数珠類が圧巻。
この展示や書物にはオナカマになるのは盲目の女性に限る、とある。 だが今日も創業100年越しという地元の旅館の老女将に聞いてみたが、晴眼のオナカマもいたという。
最後のオナカマが亡くなって数十年とみられているが… ひょっとして、もっと後まで、あるいは今も。 もしくは断絶を経て、あらたな「ニューカマー」が生まれているのではないか。
1月22日(水)の記 「里山の冬の華」 日本にて
さあついに町田の農村伝道神学校を訪れる日が来た。 ナヴィゲートしてくれる人がいたから、ぼーっとついていったけど。 これ、ひとりだったらなかなかだぞ。
今日はビデオカメラ持参である。 この「ナヴィびと」から「農伝」に隣接する野津田公園にある湿生植物園を当局がコンクリートで覆って破壊しようという計画が進んでいることを教えてもらった。
失言は毎度のことだが、湿原と湿地にも「興味あり」のワタクチ。 なにかできないかと思いめぐらし、それなりに調べていた。 いざ、現場へ。
……。 できる、かも。
盛りだくさんに組んでいただいたスケジュールの午後イチの部をキャンセルして、現場に張り付かせてもらう。
浮かんだ仮題は『里山の冬の華』。
1月23日(木)の記 リメンバー・シブシ 日本にて
さあ水俣ミッションに向かう。 水俣では余裕を見て、4泊滞在とした。
羽田発の始発の鹿児島行きに乗るため、未明に出発。 日本の国内線のフライトは、パンデミック以来はじめて。 ちょいと勝手がわからないけれど。
機内映画サービスあり。 『ゴールデンカムイ』、ぎりぎり見れるかも。 しょっぱなから北海道での金採掘の話。 水俣の上映のトークで使えるかも。
鹿児島空港から水俣駅行きの直通バスがある。 これはラクである。 9時45分発で、約2時間。
バスではこれといったアナウンスもなく、うとうと。 そろそろ2時間。 どうも、変かも。 スマホの地図アプリを開くと…
東シナ海側の水俣とは真逆の、太平洋側に向かっているではないか! このバスは鹿児島の東南・志布志行きだった!!
とにかく終点まで行くことにする。 同じ時間発で、バスの横腹から乗ったので行先の表示もなく、この運転手はアナウンスもせず、途中の停留所を知らせる録音も遅れがちだった。
乗り間違えを告げても「知ったことか」といった感じの態度。 いやはや。 志布志で、バスの時刻表示を見る。 スマホも合わせて繰って。
次の鹿児島空港行きに乗っても、空港からもはや水俣行きのバスがない。 JR使用だと…1万円以上払っての大回りとなるではないか。
ううむ… アプリ対応の限界があり、持参した紙の時刻表も繰って。 ・・・バスでJR国分駅まで行って、それから電車乗り継ぎ乗り継ぎで。 今日中には水俣に着けそうだ。
夜、二件の打ち合わせがを入れてあったが、それぞれ調整。
それにしても。 しぶしぶ入った志布志駅前の食堂で、不思議な出会いがあった。 その方は、自分の名前を調べればいろいろわかるとのことだったが。
・・・ヒットなし。
志布志の地名には、日本本土決戦に関する書物で親しんでいた。 大日本帝国がポツダム宣言受託と無条件降伏を拒んでいたら、その年のうちにこの志布志湾で米軍が上陸作戦を展開する計画だった。
リメンバー・シブシ。
1月24日(金)の記 水俣 山ゆかば 日本にて
水俣で朝を迎えて。 午前中は今回の僕の「入水」のきっかけとなったカライモブックスさんを訪問。 奥田夫妻と旧交を温める。 今回は飛行機だし、荷物を増やすのを控えたいが…、 何冊か買ってしまって、うれしい悲鳴。
午後からビデオカメラ持参で、水俣の山手の袋地区へ。 アプリを見ると、宿から徒歩小一時間。 最短コースをとると… なかなかの山道だ。 して、登り切るとまた降るではないか!
これは剣客いやさ健脚コースだった。 さあビデオカメラが回り始めた、といってもデータ録画だから回るものがないか。 わが眼はまわり気味か。
1月25日(土)の記 水俣 山ゆかば 頂上作戦 日本にて
いよいよ今回訪日のメインのプロジェクトの当日となった。
機材を担いで、水俣の山林を登る。 去年5月のカライモブックスさんでの拙作上映会で出会った女性に、 「水俣の山に、ぜひ岡村さんをお連れしてお見せしたいものがある」 と言われて。
僕もキライではないので、実行に至った次第。 山林踏査に適した冬場、彼女の仕事の都合などでスケジュールを調整、今日となった。
…そこに至るまでの道は彼女もすでにわからなくなったという。 この歳で道なき山林を、ビデオカメラを回しながらのぼるというのは、なかなかに過酷。
それにしても、この山はいったいなんなんだ?
そのことだけでも映像でお伝えしたい。 そのためには、なにが足りないか。
明日はもうひとつの大きなイベントがあるのだが、今日の登山の落とし前をつけることの方に集中してしまう。 明日の午前中も、撮影ということで、とりあえず。
1月26日(日)の記 水俣 もうひとつのヤマ場 ブラジルにて
今日は、いよいよ水俣でももう一つのヤマ場。 午後から「きぼう 水俣 未来」という施設で拙作「アマゾン水銀汚染三部作」を上映していただく。 かなりの準備期間を経て、ようやく。
その前が盛りだくさん。 以前から気になっていたカトリック水俣教会のミサに出てみる。 後で聞くと、神父さんはアイルランド人。
日本語は堪能だが、早口で話が聞き取りにくい。 説教は盛りだくさん過ぎてついていけず、そもそも時間がどんどん経過する・・・
今日は午前中にふたたび水俣の山手での撮影を予定している。 いやはや。
上映会は、大盛況。 会場は胎児性水俣病患者さんたちの利用施設。 主人公である患者さんたちと、どのように、どこまでお話ししたらいいのか。 未知の領域に挑戦。
それにしても、30年以上前にまとめた作品群が、こうして今、こんなにホットに受け止めていただけるとは思わなかった。
僕自身の大きな原点、そして課題と向き合わせていただいた。
1月27日(月)の記 水俣から鹿児島へ 日本にて
水俣での撮影と上映の2大ミッションを終えて。 身心へろへろ。
少しでも身心を休めること、そして今後の応対さらに訪問客もあって追加料金を払ってチェックアウトを延ばす。 「清貧」モードを貫いて、ぶっ倒れ寝込んだりしたらシャレにならない。 ちょうだいした浄財を有効活用させていただきましょう。
して、鹿児島中央駅着。 水俣を出てからずっと雨。 この雨が少し前倒しになったら、水俣・山のミッションもありえなかった。
駅から徒歩圏の宿で旅装を解き…、 中馬一美さんとの再会がかなう! https://www.youtube.com/watch?v=v5NkBJlUnZ0
1月28日(火)の記 もみじ山美術館ほか 日本にて
鹿児島では畏友の「愛竹家」橋口博幸さんに案内をいただいている。
(彼のブラジルでの活躍のサワリをYouTubeにて公開中です。 https://www.youtube.com/watch?v=A_B-xzOOfAk )
鹿児島滞在中の訪問希望箇所を彼に伝えていたが、それを上回るナイスなオプションをいくつも提案してくれた。 こちらのツボをよくおさえた友のいるありがたさ!
まずは、橋口さんのすすめる「もみじ山美術館」を訪問。 もう、絶妙のひと言。 ドキュメンタリー番組のなかにいたような濃密な体験と対話。 ここだけで、満腹。
せっかくなので、もう一か所ぐらいということで… 道中、「ヤジロウの墓」というのを見つけて反転、これもぶったまげ。 さらに、わが想像を絶するキテレツなところに連れて行ってもらう。
空港への道中、つげ義春ワールドの温泉までご案内いただき… あなかしこ、あなかしこ。
1月29日(水)の記 たぬきでみた 日本にて
多摩市乞田。 「こった」と読む。 多摩からさらに奥多摩方面、「こった」地名が少なくない。
乞田川畔の焼き鳥『たぬき』を引き継いだ映画監督・榊祐人さんの代表作は『たぬきがいた』。 故・森田惠子さんの縁でのお付き合いで、お店にうかがうのは今日で4回目。
今もお店で榊さんをサポートする、先代のお連れ合いに拙作を見てもらおうと「多摩・ブラジル映画まつり」をお店で開催することになった。
榊さんの料理はどれもおいしく、値段は「オトナ食堂」と呼びたい破格。 今日はブラジル料理のフェイジョアーダを独学でアレンジして作ってみたという。 これはこれで、おいしいではないか。
オカムラ系の友人が、庭でとれたという柚をたっぷり持参してくれた。 ワタクチのボトルのウオッカで、みなで柚サワーをいただく。
今日はわがブラジル移民ものの短編2本を僕が女将さんにチョイスして上映。 榊さんのコメントが鋭い。
アットホームな上映と談笑で英気をいただき、さあ明日からまた撮影と上映だ。
1月30日(木)の記 野津田でのたうちまわる 日本にて
今回の滞日でいちばん長い日、おそらく。 東京の宿から、ふたたび小田急線鶴川へ。 駅最寄りのヒャッキンで撮影備品の購入。
さあ今日から新たなヤマ場だ。 農村伝道神学校に荷物を置かせてもらい、先週訪ねた湿生植物園をメインに野津田公園内を縦横に歩いてみる。 撮影再開。
お昼のお弁当を農伝の教職員の皆さんといただき、まずは午後イチの上映準備。 上映パート1は農伝内にある「はっちゃく」の小中学生対象の上映とトーク。 大アマゾンものの短いものを2本、選んだ。 わあ、こんなにたくさんの小中学生たち。 100人まではいかないが、10数人程度を想定していただけに。 この部は、大型テレビモニターで上映。
けっこう真剣に見入ってくれているではないか。 質疑応答も刺激的。 しょうじきなところ、今日のメインのオトナ相手の上映より僕にはこっちの方が責任が重いというか、やりがいがあるというか。
いい手ごたえをもらったが、もっとこの子たち向けの話ができたのではないかと少し反省。
メインの上映会参加の人たちが続々とやってくる。 まずは農伝スタッフと「農伝ウオーク」。 ナラ枯れか。 スポーツが大地と自然を根絶やしにかかってくる問題の縮図をみる。
上映会場に戻ると… プロジェクターの画角が4:3に設定できないという問題! 冬場とはいえ外光が遮断できず、音質も厳しいという問題も。
すでにタイムアウト、「レターサイズ」での上映となる…
上映作品『リオ フクシマ』の主人公・坂田マサ子さんがこの農村伝道神学校の環境改善指導にあたっているという奇縁があって。 坂田さんの講座を受けて、坂田さんを慕う若い人たちが上映の受付その他をサポートしてくれた。
このことだけで、十二分の感激。 オカムラ系のシンパたちも集まってくれてあれこれサポートいただき、ありがたい限り。
農伝スタッフによると、参加者は50人以上。 農伝外部の人たちも一緒にこれだけの人数の集ったイベントはこれまであったかどうか、とか。
「里」におりての懇親会の後、ひとりヤマに戻って… 今晩は農伝の寮に泊めていただく。 もう一人、寮生が会場に泊まっているというが。
ホラーもののひとつも紡げそうだ。
1月31日(金)の記 湿生・失政・叱声ほか 日本にて
昨日は、疲れ切った。 農村伝道神学校の寮に泊めてもらうが、シャワーどころか歯磨き・洗顔の気力もなく。
今日は日昇から日没まで隣接する野津田公園で撮影にあたるつもり。 このままでいいのか…
未明に決起。 闇の寮の風呂場を探す…
さあ機材を担いで、まずはメインの湿生植物園へ。 とにかく現場にいて、五感六感を用いて、考える。 わが手法の基本の実践。
午前中そして帰路、僕がこの撮影を決行することに至るキーパーソンふたりとそれぞれ話もできた。
昨晩の懇親会場で、のこったおにぎりをラップでくるんで僕に持たせてくれた女性がいた。 今日、夕方までにいただいた食べものはこれのみだった。 ブラジルでふだん断食をしているので、さして苦にはならない。
『週刊金曜日』を売っていると教えてもらった鶴川駅前の書店に帰路、立ち寄る。 隣にうどん屋さんがあり、セットと冷酒をいただく。
先日の上映会についての記事を、担当記者が送ってくれた。 だが、見出しからして僕にとっては深刻な誤り。 電話で確認の取材があったが、こうした肝心のことは抜けて、草稿も見せていただいていない。 「敵」が僕や僕の協力者の揚げ足をとる格好のチャンスを与えてしまう。 まずは担当にクレームのメールを送らないと。
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