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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2025年の日記  (最終更新日 : 2026/01/02)
6月の日記 総集編 三原山・ギアナ高地・パタゴニア

6月の日記 総集編 三原山・ギアナ高地・パタゴニア (2025/06/08) 6月1日(日)の記 高円寺のトラウマを超えて
日本にて


今日は午後から高円寺Toca de Aparecidaさんでの上映会。

お、カトリック高円寺教会というのがあるではないか。
そこの午前9時半からのミサにあずかることにする。

行ったことはない。
が、担当の神父さんには面識がある。
ミサ後に声をかけると、僕のことを覚えてくれていた。

この教会は付属の売店も充実していて、破格の値段の古書もある。
新刊も含めて何冊も買ってしまった。

このあたりは歩いているだけで面白い。
駅前のスペースでもひと箱売りの古本市がたっている。
ここでも信じられないほどの珍本が破格、買ってしまう。

さて、アパレシーダさんへ。
アットホームな上映の寄り合いを目指すが…

今日「も」たいへんユニークな言動をされた方が。
イエローカードを一気に三枚。
これは珍しいかも。

この件は、また稿を改めて。


6月2日(月)の記 シャン風納豆
日本にて


今回お世話になった人と会食することになった。
その人に教えてもらっていた高田馬場のミャンマー料理店をリクエストさせてもらう。

おー、なかなかにディープなロケーションと店構え。
珍味珍酒の数々に舌鼓を打つ。

名物の竹虫は、台湾で国民党の残党が営む飯屋で体験済みなので、パス。

特筆は、シャン風納豆の和え物。
シャン風納豆は納豆せんべいともいわれ、粘り気の少ない納豆をせんべい型にして乾燥させたもの。
これに和え物の水分が徐々に浸透して、その味変がまたよろしい。

ミャンマー、そしてシャンの人たちがだいぶ身近になった。


6月3日(火)の記 『アマゾンの読経』再生
日本にて


今日も早出。
山手線が混み合っていなくて助かる。
竹芝港へ。

ジェット船にて久々の伊豆大島入島。
熱海から渡った伊藤修さんらが岡田港で待機していてくれた。
島は、雨。

伊豆大島富士見観音堂はいろいろ異動あり。
ここであらためて善男善女に結集いただき、いわば原典ともいえる拙作『アマゾンの読経』全巻の上映を発心した次第。

真言道場での上映に先立ち、イエスの福音をかたる。

テレビモニターに伊藤さんが「本土」からかついできたDVDデッキをつないでの奉納上映。
映像も音声も鮮やかなのに、驚くほど。

一同、食い入るように見入り、時折りは暖かい笑い声も。
あなかしこ。

上映中、蠟燭とお線香を絶やさないようにする。
この時期でも藪蚊の類の襲来がまるでないのも意外。

ほれぼれするような巨大なクモが徘徊。
アシダカグモか。
このクモのことも検索してみると、ほれぼれするほど面白い。


6月4日(水)の記 三原山をみはらす
日本にて


とくに霊障もなく、伊豆大島富士見観音堂で目覚め。
昨日のメンバーがふたたび結集。
金港入道こと伊藤修さんによる法要。

午後、一行と別れて伊藤さんと三原山にのぼる。
三原山をみはらす光景に息をのむ。
火山性の大地を三原山に向かって亜熱帯を思わせる緑が覆っている。
大パノラマだ。

日常も激務の伊藤さんは入定体制。
ひとり三原山の火口を目指して歩いてみる。

実際に歩いてみると、景観がまるで違ってくる。
ブラジル中央高原のシャパーダ‣ドス‣ギマラエス国立公園あたりの奇岩地帯をほうふつさせる。
地質学的には何ケタも異なるのに、面白い。

うーむ、火口下部まではみはらせず。
明朝、出直すか…


6月5日(木)の記 三原山・ギアナ高地・パタゴニア
日本にて


宿の窓から三原山方面を望むと、いちめんの霧。
ギアナ高地の旅を想う。
午前4時半に宿を出る。

溶岩の砂利道をひたすら歩く‣登る。
昨夕も誰にも会わなかったな。
ふたたび火口をまわる「お鉢まわり」の小径に到達。
いざ。

一部の溶岩に付着する地衣類やコケ類に目がいく。
ふむ、場所によってはクッションプラント状の繁茂がある。
移民植物学者の橋本梧郎とパタゴニアで出会った、あれだ。
https://www.youtube.com/watch?v=nmwilHVlOvo

三原山の火口深くまで見下ろせる地点では、息をのむ。
地球の、なまなましい裂け目。

周囲の太平洋が、朝日できらめく。
植物から地理、地質。
移民史から、いっきに博物誌へ。

ようやく、運動系らしい若い男性に出会い、会釈。
まことに貴重な、僕にとってのイニシエーションの道行だった。

三時間半ほどの早朝のディープな散歩。
宿に戻ってひと風呂いただいて、伊藤さんと朝食。

伊藤さんはふたたび富士見観音堂へ。
僕は元町の御神火温泉に移動、改めて入湯。
畳の広間で横になり、午後の船の時間までまったりと。

よく歩いた。


6月6日(金)の記 六反田から五反田へ
日本にて


(執筆までだいぶ日が空いたが、浮かんだタイトルは気に入っている。数名ぐらいはニンマリされる方がいるだろうか?)

今日はわが業の大先輩にしてかつての上司にお会いすることに。
五反田の食堂にてランチ。

彼女とは、拙著の出版記念会以来。
加えて同僚を二人、招いてくれた。
この二人とは、流浪堂さんでの拙展以来か。

少し経つと、10年を超えるブランクが解けていく感あり。

意外にもかつての関係者の消息を僕だけが知っていたり。

さあて。
五反田から学芸大学駅まで歩いてみる。
六本木から五本木ぐらいまでの距離かな。


6月7日(土)の記 想い返せば危機一髪
日本にて


JR駅近くのチェーン店のモーニングサービスに間に合う時間に出て。
アキバへ。

明日の水戸上映に合わせて付近の踏査をしようかと今日からの水戸連泊も考えた。
しかし出ニッポンを来週に控えて、予期せぬ用件がいろいろ入り。
こちらの身心もそこそこにへたってきて。
水戸は明日一泊にしましょう。

…、と冷や汗の出ることが。
今日は、いったんは都下での上映を了承していた。
先回の訪日時に僕と拙作をいたく気に入ってくれた人が、知人にはたらきかけて上映会を企画してくれることになり。
これは大いにうれしいことなのだが、どんどん当初の狙いとずれていって。

初めての人だし、多少の不本意は吞むつもりだったが。
僕の原則に反することがいくつも出てきた。
それは了解できないと伝えると、それではキャンセルとの連絡あり。

これは正直、ほっとして、実にすっきりした。
持ち出し覚悟のイベントで、知らない人にマウントを取られてこっちが卑屈になるいわれもないでしょう。

「なにか」に守っていただいた感もあり、感謝です。
さあ、友と仲間の水戸に向かいましょう。


6月8日(日)の記 茨城大巡礼
日本にて


さて。
早朝に東京を出て。
まずは茨城の笠間市友部へ。
トモベというと、古いブラジルの移民言葉を思い出す。

モロカイ島のダミアン神父ゆかりのカトリック友部教会を初訪問。
入口のクレヨン画がいい。
ミサ後に声をかけてくれた人と話していると、なんとその人はキリスト教とは無関係の拙作をご覧になっていた。

さあ。
今度は、ひたちなか市の虎塚古墳を目指す。
最寄りの中根駅あたりで昼食をともくろむが…
無人駅、まさしくなにもない。
グーグルマップを繰ると、歩けば歩ける距離に古民家ピザあり。
この道中、そしてお店で思わぬ発見あり。

してついに東日本屈指の装飾古墳‣虎塚を訪問。
この古墳の装飾は、高松塚古墳より後、1970年代に発見された。
熊本にある装飾古墳との類似が興味深い。
資料類を買い込む。

ようやく水戸の定宿にいったんチェックイン。
水戸のアミーゴにピックアップしてもらって、にのまえさんへ。
最新作『消えた炭鉱離職者を追って アマゾン編』の初公開。
首都圏からも三人のご参加をいただく。

我ながら、関係者以外に受け入れられる作品かどうか疑問だった。
ところが予想外の好評をいただいてしまう。

それにしても今日ももりだくさんだった。


6月9日(月)の記 栗花の季節
日本にて


昨日、茨城入りしてからあちこちで濃厚な栗の花の香りがする。
今日もしかり。

午前中、茨城‣神立の友と再会。
駅前で唯一、朝から開いているケーキ屋さんで。
和栗モンブランというのを頼んでみる。
ご当地産の和栗の名産物化をはかっている由。

調べてみると、都道府県で栗の生産量は茨城が日本一だった。

ちなみに第二位は、なんと熊本。
西暦2022年のデータによると、この二県で全国の35パーセントの栗を亜生産している。
熊本と茨城の装飾古墳の酷似を解くヒントがあるかも。

そういえば熊本は西日本では例外的に納豆の生産量が多かったかと。
…検索すると、九州では熊本だけが納豆の消費量が多く、加藤清正が朝鮮から持ち込んだという説もあるほど。

東京に戻って、午後そして夜も人に会う。
今日もがんばった。

さあ出ニッポン、秒読み態勢突入。


6月10日(火)の記 しあわせのお寿司
日本にて


明日の離日に向けて、終日残務雑務に取り掛かる。

昼は…
所用を兼ねて、故郷にあるお寿司屋さんのランチを。
お茶にしておくつもりが…
冷酒をいただいてしまう。

故郷の寿司屋を何軒か試したが、ここが最高。
ここのお寿司をいただいていると、そう、幸せな気持ちになるのだ。

マスターと女将さんのお人柄、そして技によるものだろう。
大根のツマもマスターが包丁でこさえていると聞いて驚いた。

お店には、別の主もいる。
水槽にましますネコザメ。
伊豆大島では、これを供されたのか。
ここでは、俎上に上がることはない。

値段もサービスも良心的。
人を、幸せな気分にさせる食。
すばらしい。

夜は…、
もう一軒の気になるお店に行くか。


6月11日(水)の記 孤独のグルメ
日本→アメリカ合衆国→


午後、ライドシェアで羽田空港へ。
ドライバーも相乗り客も中国系のようだ。

羽田からニューヨークまではJALの運行。
アメリカンとの差は大きい。

まずは『孤独のグルメ 劇場版』を鑑賞。
これは劇画版を単行本で読んだ記憶がある。
調べてみると劇画版は1994年に始まり、いくつかの時期に分かれている。
谷口ジローさんの絵ということで読んだかと。

いつの間にかこれの実写版が話題になり。
僕が実写版を初めてみたのは、今回の福岡行きのJAL国内線の機中。
JALの女性客室乗務員が主人公という特別版だった。

まさしく、いわゆるドラマらしいドラマはない。
それでいて面白く、共感を誘う。
なかなか外飯で店を決められないのは自分だけではなかった、といった安心と共感。

ちなみにJALの食事は2種類からのチョイスがわかりやすい写真入りのボードがある。
さらに今回からはエコノミーの食事にも各料理についての解説を写真入りで記したカードが添えてある。
『孤独のグルメ』の精神が活かされて、好感度アップ。

かたやアメリカンでは、Chikin or Pasta?
と聞かれるだけだから清水の舞台ぐらいの落差があり。


6月12日(木)の記 冷房効き過ぎ
→ブラジル


朝のサンパウロに到着。
空港内、寒い。
ベストの一枚も持ってくればよかったが、とにかく荷物はぱんぱんぎりぎりでした。

ラジオタクシーをフンパツして帰宅することに。
210レアイスを超える金額で、ややうろたえる。

だが、ドル換算すると…
アメリカの空港で、レストランで朝食をとったらチップ込みでこれぐらいになりそうだ。

タクシーに乗車後、アプリを見ると1時間10分ほど所要の由。
朝のラッシュ時である。
運転手によると、今日はスムースな方とのこと。

なにはともあれ、ぶじ帰宅いたしました。


6月13日(金)の記 摂氏10度で
ブラジルにて


寒い。
スマホを開くと摂氏10度。

厚い毛布と薄い毛布の二枚をかけているのだが、寒い。

日本から担いできた草津のハンセン病患者重監房の資料を読む。
医師の一存で、けしからんと判断されたハンセン病患者は、ここに収容された。
わずかな粗食を与えられるのみで、治療はおこなわれない独房であり「日本のアウシュビッツ」と呼ばれている。
冬場は零下20度近くまで冷え込み、もちろん暖房などはなく、患者は薄い蒲団のみでただ凍えるのみだった。
入居者の死亡時期は冬場に集中し、凍死も少なくなかったとみられている。

遺体を取り出そうにも蒲団ごと凍り付いていて、動かすこともできなったという。

その環境より30度も高い環境で、凍えてはいられないな…


6月14日(土)の記 GHQ持ち出し
ブラジルにて


わがパソコン作業の愛機にしてGHQともいうべきノートパソコン。
パンデミックのブランクを経ての訪日の際に持参して、途中の米国での荷物検査の際に床に落ちてしまい。
徐々に変形して、電源オンにするのもむずかしくなっていた。

そして今回も日本に持参して、どうしたことかブラジルより快調に機能してくれていた。
しかし一昨日、サンパウロ国際空港でタクシー乗車時にカートの上に置いていた収納バッグがすってんころりん。
帰宅後にいじってみるが、オシャカ状態になってしまった。

昨日、近所のテクニシャンのところに持ち込む。
今朝、自分や仲間のところでは対応できないとの連絡あり。

どこか、なんとかしてくれそうなところはないだろうかと相談。
サンパウロのアキバといわれる一帯にある場所を教えてもらう。

今日は土曜日だが、午前中なら開いているところもあるだろう。
さっそく行ってみる…

ほう、ノートパソコン修理業者が並ぶビルがあった。
土曜のせいか、開いているところは半分以下。

いくつかの店のグーグルマップ内の評価を参照して。
気難しそうなテクニシャンの店に預けることにする。

すでにオルタネイテイヴも手配しているのだが、このパソコンが使えないとややこしいこともあり。
いやはや、あとは祈るしかないかな。


6月15日(日)の記 花よりキノコ
ブラジルにて


今日は遠出をしない。
インスタの「今日のアート」をどこで拾おうか。

今朝は「聖ジョゼ(ヨセフ)のチャペル」のミサにあずかった。
ほんらいの駐車場スペースには「六月まつり」の模擬店の屋台が並んでいる。

屋台のシートの「背」の部分にこんな絵を見つけた。
https://www.instagram.com/p/DLCvj4ducEB/

下には「イエスのみこころは、あらゆる苦難の時の我々の避難所」といった言葉が書かれている。

さて、この背を向けたカプチーノ色の修道服をまとった人は?
場所は聖ヨセフのチャペルであり、上には聖ヨセフ児童教育センター(CEI)と記されているが、イエスの養父であるヨセフがこうした修道服を着るという設定はむずかしい。

太陽に向かっていることから、「太陽の讃歌」で知られるアッシジの聖フランシスコといったところか。

あとで写真をチェックした時点で、人物の足元にいくつもキノコが傘を広げていることに気付いた。
…おそらく花ではなく、キノコのつもりだろう。

花よりキノコ。
このキノコは…、
キーワードで検索してみて、イタリアでは「聖ジョルジのキノコ」と呼ばれるそこそこポピュラーなキノコがあることを知る。
4月の聖ジョルジの祭日の頃に生える食用のキノコの由。


6月16日(月)の記 いい日 断食
ブラジルにて


ブラジルに戻って、間もないが…
さっそく一日断食を決行しよう。

修理に出したノートパソコンがどうなるか、落ち着かない。
今日は行動範囲も控えめ。

こういう日はインスタの「今日のアート」に難儀する。
うーむ…
けっきょくこれにしてみる。
https://www.instagram.com/junokamura2310/p/DLF9zSkvC4o/

わが集合住宅の「六月まつり」の飾り。
このまつりでは、田舎風の装いでの結婚式ダンスなどが披露される。
「ジューンブライド」という言葉を想い出すが、関係があるのか調べてみよう。

うーむ、この判定はむずかしいな。


6月17日(火)の記 ポンカンの予感
ブラジルにて


柑橘類のポンカンは、ブラジルでもPonkanとよばれる。

ポンカンは日本語であり、ブラジルへの名前と現物の導入も日本人移民によるものかと思いきや…
どうもそんなに単純ではなさそうだ。

調べてみる。
ポンカンのポンは、インドの地名Poonaに由来する由。
すると、ポン酢のポンは?

たしかオランダ語由来というウンチクに接したような…
検索するとオランダ語の柑橘系カクテル、ポンスに由来するという。
うーむ。

そもそも僕がブラジルにやってきた1980年代には今日ほどポンカンを見かけなかったような気がするが。
ま、深追いはやめておきましょう。

昨日、大通りの屋台で売っていたポンカンにそそられて。
半ダースで5レアイス。
1個あたり20円ちょっと。
安い。

大きさもそこそこ、味も悪くない。
家人からも追加購入の希望あり。

今日、ムッツァレーラチーズ買い出しの帰りの路上市でも1ダース10レアイスのがあり。
半ダース買い足しました。


6月18日(水)の記 東洋人街・孤独のグルメ
ブラジルにて


今日という日は…
沖縄のひめゆり学徒隊に解散命令が出された日。
「自閉プライドデー」でもあることは、最近になって知った。

「この日」に橋本梧郎先生の言葉をかみしめつつ東洋人街に出るが、とくに確信犯ではない。
おや、リベルダージ駅前広場は大工事中ではないか。

所用を済ませ、カフェと軽食でも取りたいところ。
「ブナン」なマクドナルドは、ちと混み合っている。

下の通りのランショネッチ(軽食屋)にするか。
ここはチェーン店だが、ここ以外では見たことがない。
下でオーダーして待つことしばし、上の階がイートインスペース。

先回はがらがらだったが、今日もまた。
テーブルに顔をうつぶせにして眠る女性。
仕事途中のモトボーイ(バイクでの配達人)風の青年。
以上のみ。

それらも出てしまい、読みものを持参したが、その気になれず。
さあ、帰りますか。


6月19日(木)の記 聖体祭の過ごし方
ブラジルにて


今日のブラジルは、キリストの聖体祭、国民の祝日。
明日も休みにして連休を決め込むムキが多い。

この祭りの意義というのは、つきつめていくと僕にもよくわからない。
「信仰の神秘」。

さて、最寄りのカトリック教会で早朝のミサにあずかって。
今回、ブラジルに戻ってから初のクルマの運転。

自動車の凶器性を思い、改めて緊張。
昼食作成から明日の午前中まで、泊りで親類のところへ。
休日で道は空いていて、ありがたし。

ご老人に「おいしい」のひと言を言ってもらえるかどうか。
和食、ブラジル食、いろいろこさえる。

あれこれと合い間があったら読もうというものを持ち込むが。
けっきょく読まず仕舞いで、うつらうつら。

お年寄りはそもそも食欲をかき、咀嚼もむずかしいようだ。
数口ずつ、口にしてもらうが、言葉を出す気力もなさそう。


6月20日(金)の記 パティスリ―のパティ嬢
ブラジルにて


出先で起床。
帰路、ミネラルウオーターの給水をしてから戻る。

連休状態の中日のため、市内は弛緩した感じ。
少しわが家に微風を流したい。

「下」の方にあるパティセリ―に久しぶりに行ってみる。
クロワッサン専門店だが、パン屋、ベーカリーという感じではないし。
ケーキ屋というのとも「ひと味」違う…

ここは今日も開いていた。
ミルフィーユ、エクレアの類を買う。

値段はちょっとぎょっとする。
だがそれだけの手間暇をしのばせ、それだけの大きさ、お味である。
これだけのお店が徒歩圏にある幸せ。

徒歩での戻りがきついけれども。


6月21日(土)の記 サンパウロの一陽来復
ブラジルにて


ブラジルは、日付が今日になる直前に冬至を迎えた。

オシャカになったかと半分はあきらめていたノートパソコンが、イエスのように復活することになった。

「サンパウロのアキバ」街に出るついでに、これもほぼあきらめていたパラグアイ人の修理業者のところを尋ねてみる。
miniDVの機材の修理を頼み、半額以上を事前に取られ、電話は何度も不通。
雑居ビルのその業者のところはもぬけの殻になっていた。

想えば、わが最初のデスクトップのパソコンは、サンパウロの日系の業者に修理を頼んで持ち逃げされてしまったっけ。

ところが、今度の業者は予想をはるか下回る金額で直してくれた。
まるでアイソのないおじさんなのだが、ありがたい。
何度かお礼を言うと、少し表情がほころんだような気がした。

午後、家族とメキシコ料理の食べ放題というのに行ってみる。
アルコールも飲み放題のコースにする。
出されるメキシコ料理は、けっこう飽きるもの中心。

アルコールはフローズンマルガリータ、モヒートと飲み進め・・・
ワインも頼んでみたが、これはなんともチープなシロモノで。

…、しばらくメキシコ料理は見たくない。

6月22日(日)の記 ホットドッグの多様性
ブラジルにて


隣駅前のパダリアで朝食をとることにする。
パダリアはパン屋のことだが、ブラジルでは飲食もできるところが多い。

サンパウロあたりでは…
ポンジンニョと呼ばれる拳を二つぐらい合わせた大きさのフランスパンとカフェオレ、というのがベーシック。

この店で先日、朝から野菜に肉チーズ類もはさみ込んだサンドイッチを食べている人がいて、うまそうだった。
そのサンドは、きょう値段を見ると昼食代ぐらいのボリュームだ。

…もう少しお値段控えめのホットドッグにするか。
「焼いたもの?タレをかけたもの?」
とチョイスを訊かれる。
後者を頼む。

出てきたものには驚いた。
先述のポンジンニョに三等分したソーセージをはさみ、それにトマトソースで煮たタマネギなどの「あん」がかかっている。
それを半裁したもの。

日本もそうだろうが、ブラジルのホットドッグもいわゆるドッグパンにソーセージを寝かせて、あとはいろいろというのが基本だ。

これを手で持って食べるのだが、決して食べやすくはない。
嚙みかけのソーセージが床に落ちてしまった。
ああ、もったいないことをした。

もし次回があったら、ナイフとフォークを頼むべきか、今から思案する孤独のグルメ。


6月23日(月)の記 日本語ネイティヴのおつとめ
ブラジルにて


今日も週イチの断食をするつもりだった。
が、夕方から病院で付き添いの泊りをすることになった。

付添い人にも夕食が出るはず、なのでもったいない。
明日の朝食もあるし…
断食は水曜にするか。

昨今の病人の言動を伝え聞くに、臨死体験をほうふつさせるものがあった。
それに立ち会えればという思いもあり。

さあ、忘れ物はないかな。
メガネのヒモ。
ビーチサンダル。
ケータイ充電器…

病人はハイになっていて、聞き取りにくいがかなりしゃべりまくる。
日本語で合いの手・相槌を入れる。

うーむ、これは臨死体験というより妄想に思える。
日本で複数の認知症の老人の妄想にお付き合いしたことがある。

さて「期待」の夕食は…
アメリカの航空会社のエコノミー席の食事なみ。
おいしくもなく、ものたりなし。
ブラジルの大衆食堂の定食以下だと思う。
病院のレベルはそこそこなのだが。

イスラエルとイラクの攻撃の応酬、そしてトランプのアメリカによるイランの攻撃が気になる。
病室のテレビでCNNを消音・かけ流しにして夜を過ごす。
英語の字幕をフォローするが、けっこうなじみのない動詞が多い…


6月24日(火)の記 いやしをさかのぼる
ブラジルにて


病院の付き添いは個室といえどもなかなか眠れたものではない。
午前中に交代要員が来て、引継ぎ。

去り際に、この病院の入り口の壁画をふたたび眺める。
『新約聖書』に活写されたイエスのいやしの奇跡が七景、描かれている。
今日のインスタは、このうち一景のアップとしよう。
https://www.instagram.com/p/DLasSSwvO-4/

「いやし」という言葉は趣深いが、「癒し系」などといっきに手垢にまみれて「チープ化」してしまった感がある。
よって意識的にあまり口にしないようにしている。

ところで「いやし」という言葉はどこから来たのだろう?
語源を検索してみると、ヨコモジがでてきた。
healing はhealth と同源であり、holy も同源らしい。
まさか「いえす」が語源ではあるまいな。

で、日本語の「いやす」の語源は?
これには、円覚寺のウエブサイトが言及していた。
https://www.engakuji.or.jp/blog/35598/
文化人類学者の上田紀行さんが調べたところ、日本の新聞にはじめて「癒し」の語が見つかったのは、西暦1988年だという。
これは驚き。

そして動詞は「いえる」であると言及されている。
その漢字のなりたちは、なかをくりぬいた丸木舟というではないか。

文豪・谷崎潤一郎が版画家の棟方志功をよんだ「眼病の棟方志功眼を剥きて猛然と彫(え)るよ森羅万象」といううたがある。

このうたの「彫るよ」を「いえるよ」と僕は覚えてきた。
そうしたルビを振ってあるものに青年時代に触れてそう覚えてきたのだろう。

Holy を掘りて彫りて…
これは以前に書いた覚えがあるが「森羅万象」の語もたっぷりおとしめられてしまったなあ。


6月25日(水)の記 今日は断水
ブラジルにて


今日は水曜。
水曜に一日断食をするので、断水。
といっても、水分はたっぷり摂取しないと。

買いもの、ウオーキング兼インスタ用のストリートアート探しに。
徒歩圏で新作を見つけるのは、なかなかきびしい。

一日断食の日は気力的にも足腰に力が入らないが…
なかなかこれといったものがなく、さらに下の方まで歩く。

ブラジル西本願寺の裏で、ちょっと面白い発見をして撮る。
が、自分に課した原則を外してズームを使用した。
…迷いはあるが、5年以上、ズームなしの写真を連日あげてきた。
うーむ。

今日はこれにしておくか。
https://www.instagram.com/p/DLd36cNNS9R/


6月26日(木)の記 スープの季節
ブラジルにて


今日も遠出は、なし。
昨日同様、日毎のインスタのアートねたにつまる。

すでに夕方、外には出たものの・・・
どこかカフェで気分転換の軽い読書もしたい。

先日も行ったばかりだが、あそこをフンパツするか。
「ばあちゃんちカフェ」。
中庭スペースだが、シートのかかった場所もあり、今日はさほど冷え込んでもいない。

あまりブラジルに通じていない人には意外だろうが、サンパウロをはじめブラジル中南部では冬場にそこそこスープを摂取している。

この店には冬場に三種のスープあり。
午後4時以降に提供というのもおもしろい。
アマゾン地方のスープ・タカカを露店で提供するのもこれぐらいの時間からだったかと。

先日はこの店で、ポルトガル料理でもあるカウドヴェルジをいただいた。
今日はフェイジョン豆のスープをいってみよう。
これはブラジルで日本の味噌汁のようにゴハンにつきもののフェイジョンとはちょっと異なる。

お値段は大衆食堂の定食より上だが、そこそこの満足度はあり。
インスタ用の写真も店内で撮れたし。


6月27日(金)の記 ブラジルのエロス
ブラジルにて


午後からサンパウロの、やや危険地帯に映画を見に行く。
『EROS』というブラジルの今年製作のドキュメンタリー映画。
ブラジル北東部の女性の監督が、ブラジル各地のモーテルでそれぞれ自分たちの「営み」を写した動画を募って編集したもの。
ちょっと「のぞいて」みたくなるではありませんか?

ブラジルのモーテルの数は約5000だそうで、日本と比較すると…
そもそも日本にはラブホテルという範疇があり、そもそも定義づけからごちゃごちゃしている。

ここでいうモーテルは、自動車を使って往復し、性の営みを目的として一定時間を過ごす施設、といったところか。
いっぽうブラジルでは車内でそれをいたすドライブインという施設もあるのだが、いやはや。

「エロ映画」鑑賞のつもりで挑むと、冒頭から自分の選択の大きな誤りに気付かされる。
監督自身のエロくない自撮りのあと、延々と続くのは初老といってもいい中年のカップルのセックスシーン。
ふたり合わせて体重は200キロを超えているかも。
肉塊の神秘。
…、ごっつぁんです。

お次は、ゲイのカップル。
最後は、モーテルにひとり滞在してひたすら自分語りとマスターベーションなどのパフォーマンスを繰り返す男。

いずれも顔にモザイクなどは、なし。
モーテルで自らの言動を撮って公開に応じるのは、「ふつう」ではない人たちだなと改めて気づかせていただく。

ブラジルではファンダメンタルなキリスト教プロテスタントの信者をクレンチと呼ぶが、このクレンチのカップルが登場して宗教を語るのが面白い。
お固い格好で礼拝に行った帰りにモーテルに直行するのがいるよ、なんて会話も興味深し。

そこそこモーテルでの飲食シーンが「挿入」されているのも面白い。
ブラジルの街道にあるモーテルでは「昼食サービス」みたいな宣伝を見ることがあるが、祖国ではどうだろう?

ブラジル日系社会で著名だった日本人のモーテル経営者のことを想い出す。
彼には…、
ま、とりあえずこの辺にしておきましょう。


6月28日(土)の記 サンパウロの北欧映画祭
ブラジルにて


短期間だが北欧映画祭というのをやっている。
午後、一本みてみることにする。

ブラジル生まれでデンマークに移住した女性監督によるドキュメンタリー。
母はブラジル人、父はブラジルに仕事で来ていたデンマーク人。
家族でデンマークにわたるが両親は離婚、母はブラジルに里帰り中に亡くなって。
そのあたりの葛藤を描く。

あまり語らない父親にはワイヤレスマイクを据え付けたまま。
こまかいカット割りがされていて、ひと通り三脚をすえて撮影されている。
彼我のドキュメンタリーの作法の違いを改めて思い知る。

監督が来場、上映後に質疑応答あり。
ブラジルとデンマークの差異をしつこく聞かれての答えがおもしろかった。

デンマークは経済的に豊かで社会保障が充実しているので、ひとり暮らしでも生活に困らない。
そのせいか、家族のきずながブラジルに比べて弱いと思う。
ブラジル人の信仰心の強さをつくづく感じる。
など。

会場から病院に直行して、今晩は泊りの付き添い。


6月29日(土)の記 ルビーの伝言
ブラジルにて


今年になって何回目か。
病院で朝を迎える。

病人は昨日午後からほとんど眠ったまま。
時折り痛みを訴えるようにうなるので、体に手を当ててさする。

朝7時前に目を開けて僕の名を呼んだ。

交代の到着を待ち、帰りに路上市に寄る。
魚類を買って。

赤いオレンジ:グレープフルーツが出ている。
何軒か見てみるが、一軒だけとくに安い。
ここはダース単位の販売。

以前、果肉は赤だと売り子に確認して買って、帰って割ってみると黄色だったことがある。
そのあたりの疑いの気配を察したのだろう、売り手のおっちゃんがひとつ割って試食をすすめてきた。
うむ、確かに赤だ。

帰って絞って、ウオッカとトニックウオーターで割っていただく。
悪くない。

ちなみにこのフルーツを日本ではなんと呼ぶのだろう?
ルビーレッド、スタールビー…

宝石のルビーにはまるで縁がないけれども。
ルビには縁があるけれども。

調べてみると英語のスペルも同じ、ルビの語源はルビーだった。
以前も調べたことがあるような気がするけれども。


6月30日(月)の記 ターミナル
ブラジルにて


だらだらでれでれしているうちに、6月末日を迎えてしまった。
あらたな動画編集体制を築かねば。
一日断食は、明日にしよう。

と、プライベートの方で非常事態の知らせが入る。

さて、どうしたらいいか。
まずは夕食の支度をしつつ、家族の帰りを待つ。







 


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