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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2025年の日記  (最終更新日 : 2026/01/02)
9月の日記 総集編 ヤマ場のチェック

9月の日記 総集編 ヤマ場のチェック (2025/09/05) 9月1日(月)の記 九月の覚悟
ブラジルにて


九月になってしまった。
もう逃げきれないと覚悟せねば。

とりあえず一日断食。

あらたな動画編集をはじめようとして、撮影データを読み込まなくなってしまうというトラブルで往生していた。
いろいろあがいていて、安くはない有料ソフトを使えば復元の見込みがあるというところまでたどり着いて、ストップ。

さて思い切って買うか。
おや、少し間を置いているうちに値段や使用条件が変わっているではないか。
いやはや。

…おかげさまで、なんとかいけそうな気配。

もう夕方になってしまった。
日課の外歩き。
久しぶりにそこそこグラフィティの期待できる下の方の住宅街まで歩いてしまう。


9月2日(火)の記 ああ、締めのひと口が
ブラジルにて


メトロにしてひと駅半ほどの距離の火曜の路上市に。
ちょいと今日は出遅れもして、大半が店じまい中だ。
店じまいセールも食指の動く/値段の折り合いのつくものがなし。

付近にオープンしたベーカリーに寄ってみる。
経営はチャイニーズで、クロワッサンやミルフィーユ系が中心。

イートインスペースもあり、クロワッサンとコーヒーのセットを頼む。
コーヒーはデミタスサイズだった。
ゴルゴンゾーラチーズのペイストも付いて。
バターたっぷりのクロワッサンは、そのままいただいた方がいい感じ。

カフェに寄ったら読もうかと思っていた冊子をチェック。
クロワッサンを飛べ終わった後で、店の女性スタッフ(東洋系ではない)が「食器を下げていいですか?」とやってきた。

チェックに没頭していたので、不意を突かれて「どうぞ」と応じてしまう。

ひと通り持ち去られてから、我に返る。
クロワッサンを食べ終えた後の口直しに、コーヒーを一口分、残しておいたはずだ。
彼女はそれを確認もせずに義務的に食器を下げに来たのだろう。

うかつだった。
そう思うと、バサバサしたクロワッサンを食べた後に液体を注いでいない口中が落ち着かなくなってくる。
さすがにお代わりまでは頼めない。

…こんなことを、いつまでもウジウジと後悔。


9月3日(水)の記 青い粘液
ブラジルにて


封切り中のブラジル映画『O Último Azul』を見に行く。
タイトルを直訳すると、「最後のブルー」といったところ。
その青とは。

アマゾン(ドットコムではない)が舞台の映画と知って、ぜひ見ておきたいと思っていた。
主人公の女性テレーザは77歳、アマゾン流域の小さな町でつましくひとり暮らしをしている。
政府は「生産性をあげるため」老人たちをコロニーと呼ばれる居住地に収容する政策を取り始めた。

自由を束縛されることを嫌ったテレーザは、当局の追及をかわしながらアマゾンでの冒険をはじめることになる。

このタイトルのブルーの意味のカギを握る単語を babaçu:アマゾン地方に分布するヤシの一種の名前 と思い込んでいた。
この稿を書くにあたって資料にあたると、baba azul: 青い粘液 の聞きまちがいだとわかった。
ナルホドそういうことだったか!

アマゾン流域を舞台とした劇映画を少なからず観てきたつもりだが、これは僕にとって最高峰かも知れない。

これまで見ていたこの映画のポスター画像は船の舵を取るテレーザと船頭の男のの2ショットだった。
ポルトガル語や英語のWikiを見ると、船の舵をとるテレーザに紅白のあでやかな魚を配している。
これはステキ。
この魚にまつわるシーンがすごかった。
あらためて人間2ショットの方のポスター画像を見ると、あ、こっちにも赤白の魚が配してあるものの、ブルーに呑まれて見逃していた…

これほど映画の時空に引き込まれたのも久しぶり。
いい映画だった。
日常を生きていくうえでの、希望と勇気をもらった気がする。

映画は、こうじゃなくちゃ。


9月4日(木)の記 魂の秘境から
ブラジルにて


(そこそこ書きあげてから、あらぬクリックで消えてしまう…
 めげずに、また書きましょう。)

ハタからすればとるに足らぬことでしょうが。
自分としては偶然どころか奇跡の類に思えることが、日常でしばしば生じているように思うのですが。
皆さんは、いかがですか?

昨年、水俣のカライモブックスさんを訪ねた際に求めた石牟礼道子さんの『魂の秘境から』(朝日文庫)。
さっそく現地で読み始めた。
店主の奥田順平さんにご案内いただいたお店の付近が舞台であり、読み耽る。
(ちなみに京都で営業していたカライモブックスさんは、ずばり水俣の石牟礼道子さんのお宅に移転していたのです。)

ブラジルに持ち帰ったものの、そのまま読みかけになっていた。
今日の外出のともに、カバーをかけて。

メトロのなかで開いてみてびっくり。
いま、のたうちまわりながらまとめようとしている拙作のキーワードの地名が登場するではないか。

さらに、かつて僕がサンパウロで出会った人が、石牟礼さんと数十年来のお付き合いのある人として登場するではないか。

こうした偶然、奇跡に、背中を押してもらって。


9月5日(金)の記 まどうほし まどうひと
ブラジルにて


なぜ、惑星は惑星というのか?
そもそも、惑星とはなにか?

こんなこと、ふつうの人はあまりというか、ぜんぜん気にならないのでしょうか?

検索すると…

「惑星」という名前は、もともとは天球上をさまようように動く光の点という特徴だけから「惑う星」を意味して使われた。
https://www.nao.ac.jp/faq/a0508.html

…だそうです。
これ以上は僕には理解がむずかしいので、この辺で。

明日は、在サンパウロの知人が日本から迎える人たちの市内中心部案内を仰せつかっている。
そのロケハンで、セントロ:市内中心部へ。

ロケハンメインの場所の前に…、
カテドラルの脇の古本屋に入ってみる。
なかなかの奥行。
ひと通り見て、また店頭を見る。
『SOLARIS』のDVDがあるではないか。

どうせ値が張るだろうから、値段を聞くだけヤボかな。
が、思い切って店員に声をかけて、ショーウインドウから取り出してもらう。

僕にとって限界の額を下回る値段。
しかも、未開封だ。
買い。

衝撃のロケハン、近くの大衆飯屋での昼食を経て、帰宅。
このDVD、なんと二枚組ではないか。
本編一枚と、特典映像!

邦題『惑星ソラリス』。
タルコフスキー監督の方。
とにかく映画を10本あげろと言われたら、おそらく入れるだろう。
西暦1972年製作、日本での公開は1977年。

ということは僕が最初に観たのは大学に入ってからか。
すでにバッハの音楽を嗜好し始めていた時期。
バッハの曲を用いた傑作映画としても、筆頭。

日本では手ごろな値段のソフトがなく、ポルトガル語字幕では理解が追い付かないだろうから、しばらくご無沙汰していた。

購入したのは西暦2015年のリマスター版だが、字幕はポルトガル語のみか。
字幕の「読み」ならいまだに英語の方が理解がラクなのだが。

帰宅後、さっそく鑑賞。
ディテールは忘れているか、理解が追い付いていなかったところが多い。

これは、すごい。

伝説の、日本の首都高速での撮影シーン。

かつては僕にも陳腐に思えたのだが…
いまでは、イメージ的、映画的に身震いするほど。

先日、再鑑賞した『コヤニスカッィ』とは真逆だ。

身近な人の死をどう受け入れるか、というテーマが沁みる。

字幕のなかに「神」という言葉はなかったように思うのだが、きわめて宗教的な映画ではないだろうか。
バッハ愛好者でもあったタルコフスキーが選んだのはバッハのコラール、BWV639。
これにはいろいろな邦訳があり、「惑曲」といったところだが、「主イエスよ、私はあなたを呼ぶ」というのがわかりやすいと思う。

タルコフスキーとともに、バッハを聴き、主イエスを呼んでみよう。


9月6日(土)の記 年号学習
ブラジルにて


今日は朝から、在サンパウロの知人が日本から招いた客人ふたりの案内を仰せつかっている。
報酬どころか、先方からお土産グッズのひとつもいただくわけでもない。
だが自分に全責任があるわけではないせいか、よけいに緊張する感じあり。

案内すべき場所の解説のためのポイントとなる西暦をいくつか覚えねば。
受験勉強なみだ。

加齢とともに、なかなか…

映画『アントニオ・ダス・モルテス』の冒頭シーンを想い出すではないか。

…こんな故事の通じる猛者をご案内したいものだ。

さて、とくに事故もなく帰宅。
お疲れさまでした。


9月7日(日)の記 ベトナムのもち米
ブラジルにて


こちらの親類のところで、使いかけのもち米をもらってきた。

わが家に戻ってストックを見ると、さらに賞味期限の古いもち米の使いかけがあった。
おお、わが家のはベトナム産とな。

ブラジルのコメの流通をたどって、ベトナムのもち米生産農家まで訪ねてみたいものだ。

さて。
鶏肉、ヒジキのオコワとするか。
ニンジン、生グリンピースなども投入。

もち米の料理は久しぶり。
以前、ネットで調べてもち米の調理法は百花繚乱、いやさ千差万別であると知っていた。

テキトーにやってみる…

おかげさまでそこそこうまくできました。

ちょっとモチモチ度が強すぎたかな。
少し、うるち米も混ぜた方がよかったか…

ちなみにブラジル産そしてベトナム産のもち米は、いずれも長粒種。

コメの世界も百米繚乱なり。


9月8日(月)の記 日本の変質者問題の覚え書き
ブラジルにて


銀行に現金をデポジットする用事あり。
その銀行の最寄りの支店のATMは混み合うことが多く、月曜はなおさらである。

ネットで調べてみると、メトロでひと駅、南に下った方にも支店があることがわかった。
そっちに行ってみる。
が、ない。
スマホの地図に表示されているあたりの警備員に聞いてみる。
と、先月末に閉鎖されたとのこと。

けっきょく、わが家の近くの支店まで戻ることに。

こちらでの銀行関係では、よくあること、とわりきらないと精神衛生上よろしくないかも。

昨年このウエブ日記でも概略のみ報告した日本の変質者事件について心を痛めていただいた友人知人から、今もその後の経緯についてお見舞いのメッセージをちょうだいしている。

この日本の男の迷惑行為については、日本の所轄の警察と弁護士に相談している。
すでに日本の迷惑防止条例にあたる域に達しているとのアドバイスをいただいているので、今後の男の出方によってこちらもリアクションできる体制をとっている。

銀行問題から変質者事件に言及したのは、この件で何度か通っていた近所のコンビニ内のATMが改装後に撤去されてしまったから。

ややこしい事件を新たに要約すると。

僕のブラジルの連れ合いの実家と知り合いで、その後、消息がわからなくなっていた高齢の日本人移民の入院先の病院から、連れ合いに至急、来てほしいとの連絡があった。

彼の住まいはわが家で車で片道2時間近いところで、その近くの病院だ。
彼は小さな農場を終の棲家としていて、その敷地にブラジル人の家族を管理人として住まわせて、その管理人が倒れた彼をこの病院に担ぎ込んでいた。
ブラジルに身寄りがないという老人は、訪日間近だった僕にぜひ日本の兄弟と連絡を取ってほしいと懇願してきた。

訪日後に在東京の老人の弟に連絡を取ると、ぜひ会ってほしいとのことで、会うとブラジルの管理人への兄の入院等の諸経費の持参を頼まれてしまった。
僕の日本滞在中にブラジルの老人は亡くなってしまい、日本の弟は今度は葬儀埋葬等の諸経費としての金銭の受け渡しを乞われてしまった。

これまでも善意から無償の金銭の担ぎ屋を頼まれてトラブルに巻き込まれている。
が、今回はつましく善良そのものの感のあるブラジルの管理人の苦境がよくわかる。
彼から昨今は雇い主である老人からの給料の支払いも途絶え、いろいろな借金も抱えているとこぼされている。
日本の弟からはいっさいの謝礼も土産代もいただくことはなく、二度目の打ち合わせの経費はこちらが負担している、
どんな問題が生じても岡村はいっさいの責任を負わないという約束のもと、すべて岡村さんに任せるということでお引き受けした次第。

さて僕はこれまで機中での現金盗難の被害に遭っている。
そのため預かった金額を日本の銀行の口座に入れて、ブラジルのATMからインターナショナルカードで引き出して、管理人の希望する口座に振り込む方法をとった。

一回の引き出し額に限度があり、一度にたくさんの金銭が入ると浪費してしまいがちなブラジル庶民の性質も考えて、これが何度にも及ぶことになる。

わが家の徒歩圏でこの方法で金銭を引き出せるのは、このコンビニと、あるスーパーマーケットのなかにあるATMぐらいだ。
いずれも一日の引き出し額の限度は当時の邦貨にして30000円程度、一回当たり1000円弱の手数料がかかる。
少しでも管理人に多く送れるよう、手数料は僕の負担とした。

さてさて、これらのATMは特に囲いがあるわけでもなく、周囲から丸見えなのである。
しかも操作してみると「ただいま希望額の現金がありません」と表示されることもしばしば。
機械が操作中にフリーズしてしまい、延々と待機しても現場では何も対処できず、操作結果がいつ反映されるともわからない日本の口座に何度となくオンラインで紹介しなければならなかったことも。

そして引き出せたとしても、管理人の希望する口座に振り込みため、現ナマを持って銀行まで行かなければならない。

ニホンジンのこうした行動は犯罪大国ブラジルでは極めて目につきやすいのだ。
すでにブラジルで何度、強盗やスリなどの被害に遭ってきたことか。
殺されかけたこともある。

いっぽう日本の弟は、すべて岡村さんにお任せすると約束しながら、感謝どころか他人の善意に味をしめてあれこれマウントをとろうとして管理人の状況を詳しく説明せよなどと要求するようになってきた。
そしてこの弟は翻訳ツールを使ったポルトガル語のメールを管理人の家族に送っていた。
管理人一家は弟から、人としての尊厳をおとしめる文面に怒って、僕からの金銭の受領のメールを日本の弟に送らなくなってしまった。

その後、弟は僕が受領総額以上の額を管理人一家に送ったというのはデタラメだ、岡村は精神異常の詐欺師だ、自分も精神病歴があるのでわかる、といった迷惑電話と迷惑メールをブラジルの妻に執拗によこすようになった。
この男による誹謗中傷と脅迫はエスカレートする一方で、僕の日本の実家にも迷惑行為をおよぼすようになったのだ。

そのため、日本の所轄の警察署と日本の弁護士に相談した次第である。
このウエブ日記を先方もチェックしているので、これ以上のこちらの手の内は明かさない。

この問題についてはついにブラジルの管理人側が日本の男に、岡村夫妻には感謝しかない、すでに自分たちは総額いくらの金額を受け取っている、これ以上クレームがあるなら自分たちに言ってほしい、こちらも弁護士とともに対処する、というポルトガル語のメールを送るに至った。
その後、男からの際立った迷惑行為はうかがえないが、予断は許さない。

これまでブラジルと日本の間にたつものとして、取材を抜きにさまざまなとりなしをしてきた。
しかし、この変質者のような悪質な例はまれである。
いっぽう最近の日本では、これに類似の理不尽な悪意が増えている観がある。

こうした被害の事例を仲間とともに共有して、今後に備えたい。

この悪質な変質者の具体的な言動の数々は、稿を改めて折をみて報告していくつもり。


9月9日(火)の記 地下鉄脱線事故
ブラジルにて


今日は在サンパウロの、80代になる日本人一世の知人のお宅に届け物へ。
先方から朝9時が都合がよい、との連絡あり。
わが家からメトロを乗り継いで、1時間以上かかる。

朝のラッシュが心配…
とはいえ、東京ほどの混雑ではなかった。

お宅でいろいろ話は盛り上がるが、なにかご予定があるのだろう。
ほどほどに失礼する。

サンパウロのメトロは路線ごとに色分けされている。
この方のお宅は、イエローラインの終点の駅が最寄り。
ふたたび駅にたどり着くと、ガラス戸が閉められて、警備員が中から出る人のみを通らせている。
なんの説明のアナウンスも掲示もないが、メトロが運転を取りやめたようだ。

駅前の大通りはバス待ち、配車サービス待ちの人びとでごった返している。
いやはや…

メトロの別のラインと結ぶバスの目鼻をつける。
僕にいちばん適当なバスは、いったん見送ると、次が途絶えてしまった。
いやはや。
しかたなく、とにかくブルーラインと結ぶバスに乗車。

長い道中、スマホでメトロの情報を探ってみる。
うわ、脱線事故か。
死傷者はないようだが。
復旧の見通しも立っていないようだ。

イエローラインで赤信号。


9月10日(水)の記 ベーカリーでナレーションを練る
ブラジルにて


週イチのオルガニック野菜市に行ってみる。
うーん、あまりそそらないがキャベツをひと球、買っておく。
冷凍食品店で豚フィレを買おうと思っていたが、野菜市の向かいのスーパーにナマの豚フィレのパックがあり、購入。

さて本業のビデオ編集の方。
まるで効率はよくないだろう手順でたしなんでいる。
…たとえば写経をする際、効率を求めるだろうか。

このシーンは、手持ちのショットをどのくらいの長さにカットしてつなぐか。
どれだけのナレーションの情報量が必要かをあわせて検討して、掛け合わせてみる。

ナレーションの書き出しは、どこかカフェででも。
近くにオープンしたばかりの中の上クラスのベーカリーの飲食スペースへ。

…、値段は張るが、広々としているのがよろしい。
アテンドはまだ10代半ばの少年といった感じだが、なかなかにトロい。
最後にチリソースを頼むが、これも忘れたようだ。
自分で取りに行く。


9月11日(木)の記 ブラジルの銀行事情
ブラジルにて


午前中、ダウンタウンに出る。
こちらの知人の銀行口座に現金を入れようとして。

現金の入金可能なATMは限られている。
そのATMに先客の男性がいて、聞き取りにくいのだが、これは使えない、と言ってくれているようだ。
近くに銀行の女性のスタッフがいるので、このATMは使えるのですか?と尋ねてみる。
使えますよ、と言うので…

先方の口座番号、入金金額などを入力。
現金受取り口が開いて、紙幣を置く。
ATMが紙幣を納入。

通常なら自動的に紙幣が数えられて、金額の確認画面が出る。
それにOKを押すと紙の控えが印字されて出てきておしまい。

ところが今日は、あらためてこちらの入力した金額を投入せよ、と表示された。
ボッタクリだ。

先客と先の女性スタッフが、脇であれこれやりとりをしていた。
彼女に異常を訴えると、お待ちください、と言って奥へ行ってしまった。

現金入金ができるのはこのATMだけなので、その前に立ちふさがる僕に新たにやってくる利用者が「使わせてくれませんか?」と言ってくる。
いちいち僕が「この機会は故障中で…」と言わなければならない。

…、かなり待たされて先の女性がやってくる。
機械のトラブルで、今日中には先方に入金予定の由。
彼女の名前を確認しておく。

いやはや。
この時、そして夜間にも入金予定の先方に確認。

入金は、ないと言う。


9月12日(金)の記 きょうの銀行事情
ブラジルにて


午前中、用足しに出て。
とりあえず用向きも片付いて。
あまり出向かないあたりなので、近くで外食。

帰宅後、昨日、銀行から振込みをこころみた相手に口座を確認してもらうよう連絡。
…まだ入金はないという。

銀行は16時までだ。
電話ではラチがあきそうにない。
乗り込むしかない。

ふたたびダウンタウンの昨日の支店へ。
昨日の女性スタッフを呼ぶ。
彼女はもう早引きしたという。
さすがはブラジルの銀行の金曜の午後だ。

別の男性スタッフにあらためて何が生じたのかを説明。
どのATMですかと訊かれて、問題のを指さす。
彼は納得した様子で奥に向かう。

しばらくして技術担当というスタッフとともにやってきた。
担当いわく、システムのトラブルで、営業日四日以内に…。
それまで耐えるしかないのですかと地声の大声で訴える。

今日遅くにでもまた口座を確認するように先方に言ってください、とのこと。
いやはや。

帰宅後、家人に銀行からなんの証明ももらっていないのかと問い詰められて。
銀行がオレあたりの些末な存在にそんなことするものか…

日本のATMでも似たようなトラブルが生じたことがある。
銀行側はなにもよこさなかったっけ。
追って解決したけれども。

家人は、解決せねば月曜あさイチで一緒に支店に乗り込もうという権幕。

して、夜半。
あらためて先方に口座を確認してもらう。
…、入金が今日に日付であったという。

いやはや。
月曜の朝からダウンタウンの銀行に行かないで済んだ。

今日も銀行に「くたびれ」をもうけさせてもらった。


9月13日(土)の記 きょうのモチ米
ブラジルにて


日中、身内が訪ねて来るので昼餉をこさえることになった。
午前中、買い出し。

…、また鶏とヒジキのオコワをつくるか。
わが家のストックのベトナム産長粒種のモチ米は…三合に少し足りない。
一割ほど、ブラジル産の「日本米」ウルチの短粒種を混ぜてみる。

できあがりは…、まだ粘り気が強すぎかも。
次回はウルチ米の割合をもう少し増やすか。

ちなみに三合、炊いた。
五人のうち、ワタクチはキッチンドリンクがすすんでほとんど食べなかったが、土鍋は完食。

いっぷく時に、できれば処分しようと思って手にした日本から担いできた広報誌。
たしか東京の地下鉄の駅にあった『メトロニミッツ ローカリズム』の昨年11月号。
「もち米と雑穀をおいしく冒険しよう」という意欲的な特集あり。
「宮城おふかし紀行」とな。

宮城県をはじめとする東北地方では「おこわ」のことを「おふかし」と呼ぶ、とある。

たしかにモチ米の調理法を検索すると、蒸し器を使用すべしというのが多い。
わが家にも蒸し器はあり、モチ米にモチいたこともあるが、なにかとメンドクサイ。
それで今回も土鍋で炊いてみたが、うまくいった。

それにしてもこの特集、読み返しても面白く。
ああ、処分できない・・・


9月14日(日)の記 ビワとキンカン
ブラジルにて


「新しい食べ物を食べると寿命が〇〇日のびる」。
こんな言い伝えを教えてくれたのは、広島出身でアルゼンチンで成功した小田さん。
小田さんは拙作にも登場される。
食べものと健康にかなり気を使っていた小田さんだが、50代はじめで亡くなられてしまった。

小田さんが教えてくれた言葉の〇〇日が何日だったかが思い出せない。
検索してみても、類似の言葉は見当たらず…

今日は日曜の路上市に二度、買い出しに出る。
二度目の帰り、メインの通りから外れてワゴン車で果物を売っているのが目についた。
ビワ、キンカンなど。

ビワは健康維持に異常なまでのパワーを持つというのにSNSで触れたばかり。
ビワ、キンカンともにまさしくポケットマネーで買える金額。
ひとパックずつ購入。

どちらも「本場」日本では食べた記憶がないような。

帰宅後、まずはキンカンをそのままいただく。
これも何年ぶりだろう。
忘れていた食感、味覚がよみがえる。
そうか、種だけ出すんだっけ。

おいしい。
カラダが、自分に足りなくなっていたものを要求する感じで。
次々といただく。

…、ネットでは、一日に五個ぐらいで、とある。

ビワはキンカン以上に久しぶりかも。
タネがめんどくさいが、慣れれば。


9月15日(月)の記 ガビ・マリエルを聞いたことがありますか
ブラジルにて


今日のインスタ用には一枚しか撮らなかった。
して、インスタは縦フレームにしか対応しなくなっていたことを現場で失念。
こんなザマとなる…
https://www.instagram.com/p/DOzLAeWDRT2/

今日は一日断食中で、外歩きにもあまり力は入らない。
日中の日差しもなかなか強烈。

さて今日のストリートアートは…
おなじみのアヴェニーダ(大通り)には、新たなステッカーも見当たらず。
以前から目についていたこれを撮ってみた次第。

女性の名前が書かれて、右にはハートマーク状のものも看取される。
てっきりラブラブ系の落書きかと思い込んでいた。

ここに書かれた GABI MARIEL という女性の名前をダメモトで検索してみる。
びっくり。

これで書かれている言葉の意味が取れた。
「ガビ・マリエルに(裁判の)正義を」。

彼女は、サンパウロ市近郊の町で女性保護活動の闘士として知られる33歳の女性だった。
この6月、自宅で男性のパートナーの暴力によって死亡、9歳の娘を遺したという。

テレビのニュースを見ることはほとんどなく、ポルトガル語の新聞を購読していても一面の記事以外は数か月後にチェックという僕は、この事件を恥ずかしながら知らなかった。

街の落書でニュースを知る。
どんな人が、どんな想いでこれをつづったのか。


9月16日(火)の記 コーヒー片道3000歩
ブラジルにて


アナタは、コーヒー一杯のために、何歩まで歩けますか?

しばらく行っていない、ちょいと距離のある「庭カフェ」が気になった。
サンパウロの町なかにして庭のあるカフェを、ざっと三軒は「おさえて」いる。

別の買いものも抱き合わせて行ってみる。
おー、いまだ営業中。
わが家至近の庭カフェに比べると、客の入りはだいぶ乏しい。
その分、本でも読むにはよろしいが。

少し寄り道もして、スマホの歩数計は3500歩。

さて。
最悪の事態も想定していた動画撮影データの復元が可能な見通しがついた。
これで次のステップにすすめそうだ。


9月17日(水)の記 聖書と人糞
ブラジルにて


未明に覚醒してしまい、読みかけの本を開く。
『キリストは何を食べていたのか?』
ビジネス社、ドン・コルバート著。
原著は西暦2002年発行で、日本語版は2007年。

先回の訪日の際、訪ねた東京のカトリック教会の売店で古書として破格の値段で売られていて、購入。

「アダムからノアにかけて、この草食時代に生きた人々は、だれもが長寿でした。」といった原理主義的な記載にはついていけない。

が、意外な記載もあり。
「神はまた、乾かした人糞を燃料に使って焼いた大麦のパン菓子もエゼキエルに食べさせました(エゼキエル書4-12)。」
こんな箇所が旧約聖書にあったかな、とあたってみると、たしかにある。
これについては、検索すれば日本語でもいろいろな解釈が説かれている。

人糞を燃料にするというのは意外である。
かつて『すばらしい世界旅行』のスタッフ時代のチベット取材。
チベット高原の遊牧民が、ヤクと呼ばれるウシの仲間の家畜の糞を採集して燃料とするのを撮影した体験を想い出した。

ヤクは草食であるので糞そのものも植物繊維質で、乾燥させたものを焼くと香ばしかったのを記憶する。

ブラジルでも、マットグロッソ州のセラード地帯で先史岩絵遺跡を調査していた際。
野営の際に現地のエキスパートが付近の牧場から牛糞を探してきて炊いてくれたのを想い出す。
これは蚊などを追い払うためだが、これも香ばしかった。

ところが雑食であるヒトの糞の場合は…
発酵させて肥料にするにはともかく、燃料には不適ではなかろうか。

カレー味のウンコと、ウンコ味のカレーの、どちらを食べるか、という命題も想い出した。

…とりあえずこの話題は、このあたりでフン切りをつけましょう。


9月18日(木)の記 薬局巡礼
ブラジルにて


ブラジルの町には、とにかく薬局が多い。
サンパウロのわが家のある地区では、巨大薬局チェーンが競争で次々と支店を開けている。
相当なディスカウントもあって、地方から貸し切りバスで団体客がやってくるほど。

さて、在庫切れの薬を補充せねば。
日中は混み合うので、朝早い方がいい。

問題は、その時その店で値段が異なること。
同じチェーンの店でも店ごとに値段が異なるのだ。

最低でも大手2チェーンそれぞれの値段を確認しないと。
うむ、最初に聞いた店がいちばん安い。
が、いざ購入に戻ると、在庫切れで、すぐ近くの同じチェーンの店に行くよう勧められて。

その店に行って確認すると、同じ薬の割高のものの値段を言う。
薬屋の店員を信用できないかなしさ。

…まあこんな調子で、朝から4軒のクスリ屋をまわることになった。
ようやくの購入時にはだいぶ客も増えてきて。

薬屋は、あさイチに限るな。
くすりとほほ笑むことのできるぐらいの余裕が欲しい。


9月19日(金)の記 アートも腹八分目で
ブラジルにて


今日は…
まずは齢90歳になる在ブラジルのアーチスト・楠野友繁さんの個展に行ってみることにする。
この展示のことはこちらの邦字紙で知ったのだが、21日までとのことで思い切った次第。

友繁さんとは向こうがこちらを覚えているかどうか、といった顔見知り程度。
日本は東北での拙作上映会に来てくれた人が友繁さんと遠縁とのことで、それもあって行ってみることにした。

なかなか庶民にはアクセスしにくい会場。
ご本人は在廊されず、午前中ということもあっただろうか、僕以外無観客鑑賞となる。

さてこの展示のみで僕の「アート腹」はかなりくちくなったのだが…

思い切って始まったばかりの第36回サンパウロビエンナーレ会場に乗り込むことにする。
観たい、という欲求より、観ておかねば、という義務感で。
そもそもこれに挑むのはそうとう疲れるし。

おや、11月ぐらいまでかと思ったら来年1月までと現場で知り、拍子抜け。
だが、こうして油断すると見逃してしまう。

広大なイビラプエラ公園内にあるビエンナーレ会場は軍艦のようなビルで、ざっと三層にわたる展示会場が拡がっている。
うむ、先回同様、かなりゆったりした展示間隔で助かる。

いずれにしても、入場無料がありがたい。
以前はあったと記憶するセキュリティチェックもない。

これはフェイスブックに書いたので繰り返さないが、在ドイツの韓国人の女性のアーチストの展示会場の(「の」を5回かさねるという駄文、あえて)ビデオが面白かった。
https://www.facebook.com/photo?fbid=10235987309638073&set=pcb.10235987310438093


9月20日(土)の記 忘れられた書籍のミュージアム
ブラジルにて


サンパウロの中心街にある「忘れられた書籍のミュージアム」。
歴史建築を再活用してオープンした。
開館は土日のみで、あのあたりは土日に行くのははばかれて…

今日、思い切って行ってみた。
行ってよかった。

いくつかの「忘れられた書籍」それぞれをテーマにした展示。
解説の文字は細かくぎっしりで、ちょっとこうした薄暗いところで立ち続けて読む気になれない…

が、雰囲気そのものがいい。
リフレッシュのスポットとして、時折り訪ねてもいいかも。

展示についての解説冊子や、カフェテリアなどが欲しいところ。

https://www.instagram.com/p/DPCz0OFjdJe/
ミュージアムそのものがアート、と感じたのは日本の軽井沢安東美術館以来、かも。


9月21日(日)の記 アジのネギトロはありか
ブラジルにて


日曜の路上市で…
小ぶりのアジを二尾、購入。

最近、自家製の干物が好評なので、これも干物にしてみようかな。

ナカオチは、ナメロウかな。

「中落」の語について念のため、検索。
と、「魚の中落をこそげとることを『ねぎとる』といい、これが『ネギトロ』の語源となった」といった記載がある。
これは、知らなんだ。
この通りであれば、アジのネギトロという言い方も詐称ではないわけだ。

すぐ飛びつきたいところだが、「セカンドオピニオン」も確認しておかないと…

国語辞典編纂者の方がこれには強く意義を唱えている。
さらに「ネギトロ」元祖だという店の証言もいくつかあり。

そもそも僕の幼少時代にはネギトロの語に接したことはなかったな。

それはともかく、今日のアジの中落は味噌を使わず「洋風ナメロウ」にいたしました。


9月22日(月)の記 善意の人びとのなかで
ブラジルにて


今日は日本からの宗教ミッションでブラジルに滞在している若い友人と会う。
彼は仏僧なのだが、サンパウロの中心にあるカトリックの大聖堂で待ち合わせ。

これから短期のミッションでこちらに来る客人に、当地の宗教関連のものをプレゼントしたいという。
まずは近くのカトリックの書店に行ってみる。
ここは書籍以外も充実している。

客より店のスタッフの方が何倍もいるような広い店。
外のあわただしい時間とは違う時間が流れている感あり。

レジの男性、我々のあとにならんだ女性とあれこれ話す。
この人たちはまさしく善意、慈善の人生を歩んでいることがわかる。

かたや・・・
近年、僕に迷惑、悪意を注いでいる人たちのことを考えてしまう。
この違いは、なんなのだろう?


9月23日(火)の記 ヤマ場のチェック
ブラジルにて


とにかくトラブルの続いた本業の方。
「霊障」という言葉を安易に使わないようにしないと「冷笑」されてしまう。
まずは「例証」をあげないと。

なんとか回復に至っている素材のチェックが、まさしくヤマ場を迎えた。
作品としてまとめるに足りるかの瀬戸際である。

先週、初めて入るチャイニーズの食料品店で買った黒米を白米に混ぜて炊いてみる。
ほんのわずかの黒米で、ご飯は赤飯のような「アサイ色」に。
食感もモチモチして、薬膳といったカラダにいい感あり。

もう20年以上前に、当時、筑豊にいらした犬養光博牧師から韓国でもらったというののおすそ分けをいただいたことがある。
あのアリラン峠のあたりで採れたものだと聞いたと聞いた覚えが。
あれは赤米だったか…
そのお米も白米に混ぜて炊くと赤飯のような色になったことを記憶している。


9月24日(水)の記 動きのない日の動き
ブラジルにて


今日の経緯を、部外者の方々にわかっていただくように簡単に書くのはむずかしい。
ごくかいつまむと…
宗教がらみで日本から短期で来ている人たちの案内を頼まれたものの、二転三転。
いろいろと案内のプランを練っていたが、昨晩の段階でとりあえず僕は無用放免、ということになった。

いずれにしろ今日はそのために空けておいたし、今日になってまた急に出馬を頼まれる可能性もありそうだ。

外回りの用件はあらたに入れずに、わが家で本業のビデオ編集作業をメインにすることにした。
うーむ、こちらも全貌を見通せるようになった感あり。

けっきょく出馬要請は、なし。

さあ、食で家族と盛り返そう。
夕方、ちょっと値の張る牛のロースを購入。

スライスして、粗塩のみで味付け。
焼いて、おいしくいただきました。


9月25日(木)の記 MARXの家
ブラジルにて


今日は、こちらの連れ合いの関係の日本から来た夫妻の市内案内。

どこに行くかはこちらに任せると言われるが…
以前の苦い経験がある。
日本からの訪問者に「お任せ」と言われて、ここはどうですかと確認してOKをいただいて案内して…、
ツアーの途中で「たえられない、すぐにここから出たい」と言われたことがある。

まあそれはさておき、先方の滞在先の最寄りのメトロの駅まで迎えに行く。
僕はあまり通じていない駅。
地上にあがったところにまだシャッターは閉まっているが、LIVRARIA(書店)MARXというのがあった。

まさか『共産党宣言』のマルクスではあるまいし、マルクス兄弟というのもあったぐらいだから、マルクスさん経営の店、ぐらいと思っていた。

さてブラジルに到着してからクルマでの移動ばかりだった日本人夫妻とメトロ、そして歩きで市内中央部をまわる。
「お疲れでしたらいつでも切り上げましょう」と再三伝えたものの、こちらの提案と先方の希望の弁証法のすえ、ふたたびこの駅に戻ったのは夕刻となった。

かのマルクスの店が開いていた。
入口に「毎日が左」とあり、フリー・パレスチナを強く押し出していた。
ずばりマルクス主義のブックカフェだったのだ。

こういうのには乗らない日本人夫妻と別れてから、ひとり入ってみる。
興味津々の本が少なくないが、透明カバーで中身の見れないものばかり。
いずれも安くはない。
衝動買いしても、ポルトガル語なので読み切れないだろうな…

とりあえずカフェでもと思うが、担当が席を外していることが多い。
カード類をいくつか購入。
夕方のラッシュ時間にもなるので、カフェはまた今度にしよう。


9月26日(金)の記 山ゆかば
ブラジルにて


思い切ってわが車を洗いに出す。
海岸山脈のヤマの土がだいぶこびりついたままだった。

わが家では全編九州ロケの作品の編集を続ける。

なんだか、思わぬ鉱脈が露出してきているのを感じる。

あなかしこ。

あせらず、慎重かつ謙虚にいきましょう。


9月27日(土)の記 「私はゾンビと歩いた!」
ブラジルにて


この身も蓋もないタイトルは英語のタイトルの忠実な正式翻訳タイトルである。
あらためてチェックしてみると原題は『I Walked with a Zombie』で驚きマークがなかったが。

カナダ人の女性の看護師が、カリブ海のサンセバスチャン島の砂糖きび農場主の妻の介護に雇われて、というお話。

アメリカ合衆国での公開は西暦1943年4月21日。
第二次世界大戦たけなわの時期ではないか。

調べてみる.
この三日前に大日本帝国の山本五十六海軍大将搭乗の一式陸上攻撃機がブーゲンビル島上空で米軍機の攻撃を受けて墜落、山本は戦死している。
ちなみに日本政府が山本の戦死を公表したのはそのひと月以上、後だった。

かたや敵国・鬼畜の米国はカリブ海を舞台にしたゾンビ映画の公開である。

いっぽう日本でこの映画が公開されたのは、西暦2017年とな。

ちょうど世界に広まり根付き変容するアフリカ文化についての本を読み始めたこともあり、思い切って見に出ることにした。

英語の会話とポルトガル語の字幕に追いつけなくて情けない…
しかし、そう気を張ってディテールにこだわる映画でもなさそうだ。

アフロ系の人びとの太鼓の音声のみが効果的に使われていたり、いかにもスタジオのつくりのカリブの島の情景など…
敗戦後の日本の南洋ものに通じるものがあって、それはそれで面白かったけど。


9月28日(日)の記 ブラジルヘラルド
ブラジルにて


サンパウロ市近郊にある、このカトリック修道会の大聖堂でのミサにあずかってきた。
https://www.arautos.org/

ARAUTOS DO EVANGELHO、日本語訳がみあたらないが「福音ヘラルド会」といったところか。
「ヘラルド」という単語には日本で映画青少年だったので親しんできたが、恥ずかしながらその意味を考えたことがなかった。
ちなみにアナタ、ご存じでしたか?

興味ある方はご自身で検索を。

かなり特殊な言葉だと思う。
映画の方の「ヘラルド」は日本生まれというのも僕には意外だった。
創始者は、なぜこの言葉を選んだのか。

ちなみにこの修道会はブラジル生まれで、カトリック右派とのこと。
解放の神学などの動きに対抗するということもあったようだ。

一方からだけ見ていたら、一方の側からだけの話を聞いていたら、わからないことがありそうだと今さらながら気づく。


9月29日(月)の記 フクロウ文庫
ブラジルにて


午後、外歩き。
買いものと散歩、ストリートアート探しの三位一体。

大通りにある、なにやら入りにくい古本屋に思い切って入ってみることにした。
うわ、奥がこんなに広いとは。

写真やアートのコーナーを探してみる。
どれどれ・・・

と、あまり感じのよくない印象のあった店主らしきおじさんが、丸椅子を持ってきてくれた。
聞き取りにくかったが「こどもが走り回るので…」と言ったようだ。
座ってゆっくり見られたし、ということだろう。
恐縮。

広い店内に客は僕だけのようだ。
なにも買わないでチャオチャオさようなら、というのができなさそうな人柄を見抜かれたか。

ざっと見てみると、コーヒー代程度のお手頃のものもある。
どれか一冊…

さてどれにするか。
…、これは昼食代ぐらいだが、1820年代にブラジルを訪ねたイギリス人の風景画の本を見つける。
この人のことはブラジルでも知られていなかった由。
思い切って購入。

ところで、以前から存在を知っていたこの古書店の名は。
大通りに出てから見てみるとCORUJA:フクロウ とあった。

今日は断食の日。
カフェは控えて、どこかお茶の飲めるところで戦利品をチェックするかな。


9月30日(火)の記 あさいー夢みし
ブラジルにて


今日はワタクチにとって中距離クラスの徒歩の買いものに出る。

このところのサンパウロの陽気の変動はなかなかのもの。
今日の日中は夏日和になった。
摂氏30度越え。
ひなたの道を歩くのがしんどいほど。

そこそこの買いものを終えて。
なじみのカフェテリアにでも寄るつもりだったが…

アイスクリーム専門店が目に入る。
このトロピカルな陽気では、こっちがいいかも。

アサイーのアイスクリームを頼んでみる。
アイスクリームがみえないほどバナナ、イチゴ、シリアル、コンデンスミルクなどがトッピングされている。

コーヒーに比べるとだいぶ値が張るが、夏場にはよろしいな。


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