10月の日記 総集編 ドキュメンタリーの「演出」 (2025/10/06)
10月1日(水)の記 一気夜行 ブラジルにて
今晩から、夜行バスの旅である。 久しぶり。
…、ブラジル国内の長距離バス利用は、パンデミック以来はじめてかも。
かつては事前にバスターミナルまで切符を買いに行くのが常だった。 いまやオンライン購入が当たり前。
目的地のクリチーバまでは何ともオプションが増えた。 行きのチケットは、昨日オンラインで購入済み。
帰りの分も今日のうちに買っておくことにする。 行きと同じバス会社というのも芸がない。
別の会社ののオンライン購入をはかるが… 便に座席も指定して、こちらのカードのセキュリティコードも入力して… 購入しようとすると、フリーズしてしまう。 別のカードでも同様。 そもそも買えたのかどうかわからず、確認に手間取り、不安が残る。
別の会社も同様だ。 やむを得ず、往路と同じバス会社の便を購入。
これならバスターミナルまで買いに行った方がよっぽどラクで安心であった。
夜の11時前に出家。 この時間でも夜学帰りの学生たちの群れで、メトロは賑やかなこと。
南米最大と言われるチエテバスターミナル着。 夜間でも開いている店は調べておいたのだが…
この時間はかなりうら寂しい。 少し周囲をロケハンしてから、23:59発のバスの列につく。
検索してみると、ロケハンは和製カタカナ英語か。 それなら僕なりのこのような使用も許容範囲内と判断。
10月2日(木)の記 クリチーバの安静 ブラジルにて
遅れますよと言われていた夜行バスは、予定より早くクリチーバについてしまった。 バスターミナル内の開いている店で、夜明けのコーヒー。 サウガードと呼ばれるスナック類も、州が変わると形が変わっているものがあっておもしろい。
さて「ブラジル純心聖母の家」までどのように行くか。 先方に迎えてきてもらうのは、僕はお客さんではないので除外。
一本で行けるバスは、なし。 配車サービスはサンパウロでも使っていない… タクシーをフンパツ。 運転手とあれこれ盛り上がる。
今回のミッションは『赤い大地の仲間たち』の佐々木治夫神父のお見舞い。 https://www.youtube.com/watch?v=aBlR8R2e27E
齢95になられた佐々木神父は、この「聖母の家」で静養されている。 岡村は到着後、まず純心のシスターたちと朝食。 朝の遅くなった神父さんの起床を待つ。
神父さんはすでに「ササキ番」のシスターの言葉以外は聞き取りがむずかしくなられた。 発語もごくわずかで、会話はむずかしい。
「フマニタス」の古参のスタッフのこともわからなくなっているみたい、とのことだが、僕のことは覚えてくれていたようだ。
フェイスブックに佐々木神父を愛する人たちのグループを立ち上げておいた。 そこに僕の佐々木神父訪問予定を伝えると「神父さんによろしく」といった伝言をいただいてしまう。
そういうことをいいかげんにできない損な性分ゆえ、以前もそうした伝言をお伝えしようとして難儀したことしばしば。 そもそも、まず佐々木神父は僕にそうした伝言をした人のことを覚えていないのです。
10月3日(金)の記 クリチーバをあるく ブラジルにて
今日のクリチーバは雨模様。
午後の早い時間に純心聖母の家をおいとますることにする。 シスターたちにバスターミナルまで車で送りましょうかと言っていただくが、固辞。
ダウンタウンの方に少し歩いて、適当にタクシーを拾うつもり、ということで。 「かなり上り下りがありますよ」と言われるが、たしかに。
スマホで見ると、バスターミナルまで歩いて2時間弱。 いつもより少ないとはいえ荷物を抱え、とりあえず傘をささなくてもよさそうだが、小雨。
滑って転ばないよう、留意。 …思い切って、完歩するか。
それにしても歩いていると発見があって面白い。 キノコ料理のビアバーというのが気になる。 さすがにこの時間は開いていない。
…かつての宣教者たちを想う。 歩いて、歩けての福音伝道だったろう。
そもそも教祖のイエスは、日にどれだけ歩いたことか。
小雨とはいえ、バスターミナルに到着する頃には肌着まで湿っている。 外気と体温で乾かすか。 風邪をひかないといいけど。
10月4日(土)の記 『トロピカル・マラディ』 ブラジルにて
日本語表記はアピチャッポンだと思って検索すると、ウイキだとアピチャートポンか。 どうも具合が悪いので、アピチャッポンでいこう。
気になるタイの映画監督で、ブラジルで何本か見ている。 「トロピカル」の語にも弱い。 という訳で「週末のおくつろぎのなか」ダウンタウンまで見に行く。
邦題『トロピカル・マラディ』、日本では特別上映がされたのみのようだ。 ストーリーとして書き出すと、なんということもなければ作品そのものと違和感すら感じてしまう不思議さ。
それが「アピチャッポン」作品の魅力かも知れない。
10月5日(日)の記 ドキュメンタリーの「演出」 ブラジルにて
アカ族の儀礼や農作業、日常生活を記録するのは基本だが、それだけでは民放のプライムタイムのテレビ番組にはならない。その民族らしい、人生の喜びや悲しみ、価値観などが表出されるドラマチックな瞬間に立ち会いたいといつも願っていた。ドラマ制作ではないので、そういうシーンを人為的に作ることはできないが、そういう瞬間がたち現れるかもしれない出来事を予測して、カメラがそこにいるようにするのがドキュメンタリーの「演出」なのだと思う。 (市岡康子著『アジア太平洋の民族を撮る 「すばらしい世界旅行」のフィールドワーク』弘文堂)
大先輩の市岡康子さんの大著をようやく読了。 先回、日本から戻って以降、本らしい本を読めない事情が続き。 いっぽうこの本は封印していたトラウマがうずいたり、余韻が強すぎてなかなかホイホイとは読み進めることができなかった。
これは僕にとってはいまさらながら必読の基本であり、バイブルでもあった。
市岡康子さん、牛山純一代表、そして「すばらしい世界旅行」。 つくづくすごい人たちと、すごい番組に関わっていたものだ。
この本で市岡さんはご自身の失敗体験、そして取材と番組の反省点も正直に書かれている。 先達の失敗や反省にこそ学ぶ点が多い、と改めて思う。
10月6日(月)の記 雲の清掃 ブラジルにて
さあ今日は一日断食。
またiCloudとやらの空きが不足しているとの警告あり。 ちょっと掃除をサボると、すぐこれか…
ビデオ編集作業を中断して… 少しでも写真データを整理して外付けメモリーに移す作業。 これをする度に、植物学者の橋本梧郎先生の、収集した膨大な標本を一点一点、ひとりで古新聞を取り換えていく作業を想い出す。
あわせて現在編集中の拙作について、日本の関係者とのやりとり。
市岡康子さんの著書に刺激されて、語り口に行き詰まりの出てきた拙作に僕としては思い切った手段をとろうと画策中。
10月7日(火)の記 サンパウロでみりん干しをつくる ブラジルにて
日曜に路上市でブリを買った。 まずは刺身、そしてカルパッチョでいただいた。
アラはブリ大根に。 いずれも、美味。
残りの切り身をどうしよう。 最近、自家製の魚の干物が家族にも好評である。
ブリはどうかな。 みりん干しはどうだろう。
すでに塩を振ってあるブリの切り身にブラジル製みりんを注いで。 はじめから白ゴマもまぶすか。
落下防止の網の張ってあるアパートの東側の窓に干す。 高層階のためか、ハエなどがたかることはめったにない。
通常の干物作成モードでは、晴天の日なら数時間で表面がぱりぱりになる。
大根おろしを添えて。 なかなかよろしゅうございました。
こちらの日系人の間では冷蔵庫での干物づくりというのを聞くが。 ニオイの問題などからも、天日干しの方がずっといいと僕は思うのだが。
10月8日(水)の記 トラヴィス、平山 ブラジルにて
ヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』リマスター版がサンパウロで上映とな。 今日の午後、鑑賞。
冒頭の主人公トラヴィスのくたびれた赤の野球帽が網膜に残る。
ヴィムヴェンの『パーフェクト・デイズ』に何度か親しんだ後での『パリテキ』はまた味わい深い。
『パーフェクト…』の主人公の平山さんとトラヴィスを重ね合わせて見ること。
そもそもトラヴィスといえば『タクシードライバー』であるが、この両トラヴィスにも同じニオイが。
さあ、自分の方の作品を。
10月9日(木)の記 パライゾ対談 ブラジルにて
午後からパライゾ(「天国」の意)駅近くのニッケイカフェで。 ブラジル各地でプロテスタントの宣教師としてはたらいた邦人女性と待ち合わせ。
お互いの近況報告。 聖書にまつわる素朴な疑問についてご教示もいただく。 ツーカーで答えていただき、ありがたい。
イエス・キリストの言葉に限らないが、前後の文脈を無視・否定して自分に都合よく曲解できるところだけを取り出すのは、極めて危険であると再認識。
ここまできたので… 近くの天然発酵パンを商う店に寄る。 値は張るが、ずっしりと重い天然発酵パンを買って帰る。
10月10日(金)の記 MEME展 ブラジルにて
先月の来客案内ラッシュの際。 事前にサンパウロ市内の案内場所候補のうち、ミュージアムの特別展を調べておいた。
ブラジル銀行文化センターでは「MEME」展というのを開催中。 MEMEとはなんだろう?
検索してみると、日本では「ミーム」と称されているものについてだった。 ミームって、なに?
検索してみるが、日本語でも意味がとりにくい。 ひと言で言って、なんなのだろう? いっぽう日本では「猫ミーム」というコトバがはやりのようだ。
いやはや、まるで時代についていけなくなってきたか。 ミームとやらがなんなのか、よくわからない。
客人たちには案内場所候補として「ミーム展」についても紹介したが、ぜひ見たいという声はなかった。
それにしてもミームって、なによ? 今日は火中に栗を拾う思いで雨中に展示会場に向かうことにした。
最初の展示コーナーでは「第11回世界『みにくいミッキー』展」の応募作がところ狭しと張り巡らされている。 あのアメリカネズミを「みにくく」描いた絵画群。 いいでねえの!
ついで、いまや世界語になった日本発EMOJIキャラクターを描いたクッション状のグッズのインスタレーション。
なんだか、「をとこもすなる『みゐむ』」とやらを感覚でおぼろにキャッチできた思い。
リクツでとらえようとすると、アタマがいたくなってくるけど。
10月11日(土)の記 パラー、ボリビア ブラジルにて
昼、身内の打ち合わせを兼ねてわが家から徒歩圏のイタ飯屋に行く。
さして広くない店で、もうちょっと出遅れたら人数的にアウトだったかも。
先回と同じウエイター。 高地系先住民の容貌で、会話も通じにくく、ボリビア人だと思っていた。 ワインのメニューを、とか、ワイングラスをもう一つ、といったリクエストが叶うまでかなり時間がかかる。
他に客のいなかった先回でその調子などで、今日は推して知るべし。 それでも少しは慣れたようで、よく意味が取れないこともあるが軽口もたたくようになった。
てっきりアンデス高地の人かと思っていたが、アマゾン河口のパラー州出身だという。 すぐ近くにサンパウロでは珍しいパラー料理屋がある。 そこから逃げてきたのか?とこちらも軽口をたたくが、通じないようだ。 これではパラー州都ベレンで開かれるCOP30のことなどきり出すだけヤボだろうな。
この店はアフロ系の神像が複数、飾ってある。 イタリア系の経営者の好みだという。
なにかと不思議な店である。
10月12日(日)の記 おはようヴェロニカ ブラジルにて
今日のブラジルはアパレシーダの聖母の祭日で、国民の祝日。
午後から… ネトフリの『グッドモーニング、ヴェロニカ』を見てみることにする。
日本の知人から最近、オカムラさんのいるサンパウロが舞台のドラマを見て、なかなかDV描写が強烈だった、といったメッセージをいただいていた。
検索してみると、西暦2020年に配信が開始されている。 恥ずかしながら、ノーマークだった。
こういうのは、見始めると次々と見てしまう…
おお、これがワタクチのいるサンパウロか。 こんな町で暮らしていたのか。
ネット上のコメントにもあったが、たしかに他のネトフリのシリーズの既視感あり。 僕は数えるほどしかネトフリものも見ていないのだが。
主人公のヴェロニカの設定は『ペーパー・ハウス』の女性のインスペクター、ラケルをほうふつさせる。 鼻ピアスまで!
舞台となる都市のエアショットの多用は、わが故郷トーキョーで繰り広げられる『地面師たち」とか。
日本の知人を戦慄させたのは、あの変質者だろう。 これはあのハンニバル・レクター博士
いずれにしても、マラニョン州サンルイスからの長距離バスでやってくる若い女性たちとか、サンパウロ近郊の小農園地帯とか、こちら暮らしだとぐっとリアリティのある設定を味わえるのが地元民の特典だな。
10月13日(月)の記 せめてラジオ聞かせたい ブラジルにて
いろいろと追い込まれてきた。 覚悟を決めて、後回しにしていたことどもに着手…
して、一日断食。
おそらく四半世紀以上前に購入したラジオ、だましだまし使っていたが、いよいよ調子が悪い。 CDプレイヤー等も兼ねているのだが、CDはインサートしたら再生どころか取り出しも不可。
主な使用は台所の調理時間にFM放送を聴くこと。
外出のついでにラジオを見てみることにした。 クラシックっぽいのが欲しい。 玉音放送も受信できそうな。
一軒目で購入しようと思うが、気に入った機種が赤のものしかない。 わが家の近くの店ものぞき、ここで別の機種を買うことにする。
帰宅後、さっそくお気に入りのFM局にチューニングを図る。 すでに周波数も覚えているが、みあたら、いやさ聞きあたらない。
はて。 この局はスマホにアプリでも入れてある。 それを起こして。
同じものを探してみる。 スマホとはいちテンポずれた放送を発見。
しかしラジオの周波数表示とはかなりずれている! ちなみにラジオは中国製。
ま、この局しかほとんど聞かないから、いいいか。
ちなみに今日の件名は名曲『かあさんの歌』の二番の歌詞から。
ざっと検索してみると、窪田聡さんという方の作詞作曲。 西暦1956年、なんと20歳の時の作品と知る。
10月14日(火)の記 段ボールの野性 ブラジルにて
パウリスタ地区に用足しに出て。 それに抱き合わせて最近オープンした美術施設Casa Bradescoをのぞいてみる。
建物そのものが西暦1904年に建築された病院を巧みに活用していて趣深い。 ただいまの展示は『Re-Salvagem』、「再‐野性」といった意味合い。
Eva Jospinというフランスのアーチストの巨大作品群。 段ボールなどを大量に用いて森や宮殿などを作成している。
まずはそのアイデアとそれを実現したことに感嘆。 まあよくもつくったものだ。
しかし。 僕は大方に価値を認められないほんとうの森の方がいいなあ。 蚊やアリ等々、いろいろあるけれども。
アートとは何かを考えるのに格好のモデルかも。
10月15日(水)の記 東洋アフロ学生街 ブラジルにて
残務雑務に取り込みモード。 通勤通学時間帯にメトロで東洋人街へ。
東洋人街の圏内に近づくにつれて、乗客は学生の多くなること。 いわゆる東洋人街は、もとはアフロ系とディープな関係のあった土地で、そのことの復権が喧伝されるようになってきた近年。
もうひとつは学生街としての顔。 このあたりは各種大学が10近くあるという。
これまで夕方18時前後、深夜23時前後の夜学の時間の混雑は体感していた。 朝の登校時間はまた格別、と体感。
昼前からは観光客がどっと繰り出してくる。
今日はその前に買い物も済ませて帰宅。 最新作のナレーションを練る。
10月16日(木)の記 あやしい日本人 ブラジルにて
しばらく直接会えていなかった在サンパウロの日本人のアミーガとカフェ。 話は尽きないが、そのあとに予定を入れてしまった。
あまり見たくはないが、いま見ておかないともう機会はなさそうな映画の鑑賞。 ずばりブラジルのニホンジンをテーマとした国産アニメ映画。
ステレオタイプをさらりと映画にしたようなお話。 設定があまい。 時代考証御意見無用。
愚直に事実のディテールにこだわってきた自分が、ばかみたい。
10月17日(金)の記 出会いの一例 ブラジルにて
日本の公的機関に提出する書類の件で。 これまでは、こちらの領事館に出向いて入手した証明書を郵送するのが原則だった。
日本から送られてきた書類に電子書類での提出も可、とあった。 今後のことも考えて、それにトライしてみる。 その申請と入手に数日かかった。
昨日それを日本に電子提出しようとして、ひっかかった。 先方のリンクを見ても不可解なことばかり。 なにがカンタンだ。 けっきょくお手上げ。
というわけで、今日はサンパウロ総領事館に出頭。 同じ手続きでやってきたとみられる老人の大声での窓口とのやり取りが聞こえてくる。 齢90だという老人は、この足で入手した書類を郵便局で投函するという。 窓口のスタッフが最寄りの郵便局の場所と行き方を説明する。
僕の方の紙書類入手が終わり、先ほどの老人を追う。 ビルから出ようとしているところで追いついた。 いかにも怪しいが、先ほどのやり取りが聞こえてしまったこと、よろしければ郵便局までお付き合いすることを伝える。
すんなりと受け入れてもらった。 出身地をうかがうと、北海道の由。 なんと拙作『消えた炭鉱離職者を追って サンパウロ編』のキーパーソンのことをよく知っているという。 老人はそのキーパーソンが拙作中で言及されている方の子息だった。
話は尽きないが、僕の方はこの足で始まったばかりのサンパウロ国際映画祭の一本を見ておきたい。
郵便局を最優先ラインで済ませて、最寄りの地下鉄駅までお供してから、映画館へと走る。
10月18日(土)の記 サイアクのスシ ブラジルにて
夜は家族で外食を、ということになって。 隣駅前にあるシュラスコ焼肉屋ということで。
この店、アクセスはよいのだが… 見た目よりククオリティは落ち、あまり期待できない。
しばらく行っていなかったが、もう少し評価を下げてもいいかも。
サンパウロのシュラスコ屋では、サラダバイキングコーナーでおなじみになったスシがあるのだが。 今日のここのは、見た目からしてヤバい。
シャリがテカテカべちょべちょしているのだ。 少量、取ってみるが… コメの表面は糊状で、しっかり芯が残っている。 ひと言で言って、食えたものではない。
どうやったら、こんなメシが炊けるのか? コメを浸水時間ゼロで炊いたのか。
スシ、サシミというコトバがブラジルでポピュラーになって久しい。 シュラスコ焼肉屋にスシサシミが狙いで来る客は、まずありえない。
シュラスコ屋に来て、少しはまともなスシに接したことがないブラジル人がこれを試食したら。 スシとかいうものは食えたものではない、と判断して以降は避けるようになるだろう。
食のショック。
10月19日(日)の記 海岸山脈裏街道を行く ブラジルにて
今日はサンパウロ近郊にあるスザノ金剛寺の開山七十周年記念法要が執り行われる。
このお寺は南米の真言宗の総本山であり、拙作『アマゾンの読経』に登場する。 伊豆大島冨士見観音の妹分であるブラジル冨士見観音が境内にまつられている。 出・伊豆大島を決行した藤川真弘師は、この妹観音を開眼させたのちにアマゾンで消息を絶った。
さてこの寺まで車で行くのは僕には容易ではない。 そうか、交通量の多い山道でかつてエンコしたのがトラウマになっているのかも。
先日の身内の法要では途中の料金所で十分以上の渋滞というアプリにない状況が発生、危うく遅れるところだった。
今日はアプリでも優先してくる南側のルートをとってみる… これがアプリがあっても混乱しそうなハードルだった。 ひとつまちがえたら、時間に間に合わなかったろう。
見事なまでのファヴェーラ(スラム)地帯から倒木放置の山道まで、しかも雨。
昨日はサンパウロ国際映画祭でケニア系スイス人の監督したSF映画を見た。 この映画のスチール写真は宮崎駿テイストの廃墟を背景にしていて、これに惹かれた。
本編では未来の地球が舞台とされているが、この廃墟都市がなんとも薄っぺらいハリボテCDで興ざめた。
未知の雨道を運転中のため、視界の脇に入った程度だったが…、 山の斜面にヴィジュアルにあっぱれといいたいファヴェーラ群が築かれていた。 実際にブラジル海岸山脈に築かれているファヴェーラ群の方が、昨日の映画をはるかにしのぐインパクトあり。
…あれはうつつだったのだろうか。
10月20日(月)の記 伯国郵便事情 ブラジル→
忙中閑ありとは申しますが…
先週、ボヤいた日本のお役所への書類の郵送作業。
すでにポストというものもなくなったブラジルでは、郵便物の投函までがひと仕事である。
先日、見つけた隣駅近くの民間委託らしい郵便業務も行なうボックスに行ってみた。 国際便は扱っていないという。
しかたがない、正規の最寄りの郵便局に。 スタッフからシステムが故障中といわれる。 書留扱いの国際郵便は対処可能かと聞くと、それは可能の由。 番号札をとって待機。
「ただいま30分待ち」の電子表記。 …が、30分経っても二重言葉「牛歩の歩み」である。
ふたたびスタッフに訪ねるが「もうすこしかかります」と抽象的な返答。 じゃあその間に買い物を、と言い残して徒歩圏の別の郵便局まで行ってみる。
ここは10分程度の待機で済んだ。
前の局の列でそのまま待機したら、夜のフライトを逃すところだった。
10月21日(火)の記 日本のヘンタイ →アメリカ合衆国→
サンパウロからダラスまでは、アメリカン航空。
そこそこ楽しみな機内映画。 まずは日本映画をチェック…
『クロスポイント』というのを最初に見る。 比日合作映画とな。
出だしは、とくにフィリピンっぽくない感じ。 ズバリ現代日本的ホラー。 悪質な変態の恐怖が展開。
監督も脚本も、フィリピン人のようだ。 いまや彼らが日本を舞台にするとなると、はじめにヘンタイありきか。
大半のシーンが日本を舞台とするが、英語、タガログ語のセリフが飛び交う。 それらに日本語字幕はなく、タガログ語には英語字幕。
日本市場をターゲットにしないところで描かれる日本は面白い。
10月22日(水)の記 サンマのいない十月 →日本
羽田空港で千住博作品と再会。
昨年、使用してお気に入りとした城南地区のホテルへ。 この一年で見事にざっくり値段を上げてくれたけど。
あれやこれやで、いい時間になってしまった。 すでにフツーの飲食店はしまってしまって、しまった。
…定食もある居酒屋とするか。
旬の「サンマ定食」がオススメと宣伝されている。 オーダーしようとすると、もうサンマはないという。
しかたない、焼きサバとするか。 ブラジルから太平洋を渡ってたどり着いた祖国で、最初にいただくのはおそらくノルウエー産のサバか。
10月23日(木)の記 フレームを超えて 日本にて
さてさて。 訪日後最初のミッションは… 宿近くの郵便局で土産物送りや頼まれ送金など。
次いで渋谷で諸々の備品の買い出し等。
帰路、久しぶりに中目黒の郷さくら美術館に行ってみる。 「現代鳥獣戯画展」というのをやっていて、常設の桜を画材とした作品群の展示はないという。
うーむ、失礼ながらこれならオリジナルの『鳥獣戯画』の方を見ていたい… と、気になる作品あり。
横長の大画面の雪景色。 左端に狐がいる。 これが、見入れば見入るほど味わいがある。
作者は野地美樹子さん、タイトルは『影綴り』。 気になることがあって、受付で聞いてみた。
ちょうど学芸員の方がいて、こちらの疑問に答えてくれた。 今回、展示されている『影綴り』は会場スペースの都合で3枚組の左2枚のみを展示しているという。
うわ、まだ右があったのか! 今の状態のフレームを完形として脳裏に刻んでいただけに、これはショック。
作品のフレームは、だれが決めるのか? それは、決まったものなのか?
フレームに制約されない作品… 僕自身の思考のフレームを外してもらった思い。
10月24日(金)の記 猫寺への路 日本にて
未明に宿を出て、大江戸縦断。
東京カテドラルと豪徳寺をハシゴ。
SNSで知り、気になっていた尾崎テオドラ邸を訪問。 冬目ケイさんの原画展、そして喫茶室を堪能。
そもそも豪徳寺駅あたりから白人系のガイジンが多い。 土産物屋風の店も。
この人たちの動きが、アリの行列のように面ではなく線をなしていることに気づく。
その先にあったのは、お寺の方の豪徳寺。 あの「招き猫」発祥の地とされる寺だ。
どうやら世界的なネコびいき文化と相まって、 祖国日本ではあまり知られずに国際的なネコ寺観光が広まっているようだ。
いやはや境内には白人系があふれている。 スペイン語がちらほら聞こえて、絵馬にも英語に次いでぐらいにスペイン語での記載が見られる。
昼時間の世田谷線はなかなかの混雑。 こちらはあまり外国人観光客は見受けられなかった。
10月25日(日)の記 江古田のエゴサーチ ブラジルにて
今日は江古田詣で。 江古田のまちには、どの駅からアクセスするか、それが問題だ。
今日はずばり西武線の江古田駅から。 南口にあるいわば百貨店で衣類靴類を見ようと思ったものの、なくなっていた! ここは「ファッションパーク・べべ」という名前だったと知る。 その名を知ろうとするとき、その体はすでになし。
メインの目的は、ギャラリー古藤さんへのごあいさつ。 おりしも今日から「江古田のまちの芸術祭」が始まり、古藤さんはそのメイン会場である。
お取込みのなか、オーナーの田島さん大崎さんにおもてなしをいただき、あらためて恐縮。 展示会場でご紹介いただいたYAMAさんの写真のZINEを2冊ほど購入。
僕が江古田に通うようになったきっかけのソフビ特化店コスモナイトαさんは、本日臨時休業で残念。
10月26日(日)の記 人身事故のてんまつ ブラジルにて
きょうからジャパンレールパスを駆使しての列島巡礼を開始。
日曜早朝の目黒駅を起点に… 指定をとった山形新幹線の時間にだいぶ余裕を持たせて、東京駅構内でモーニングサービスでも探そうと考えていた。
ところが。 京浜東北線で人身事故発生とな。 して山手線内回りも運転見合わせ、再開見通し時刻不明ときた。
あわただしく駆け回る駅員を呼び止めて、東京駅に着くオプションを尋ねる。 都営三田線で大手町駅まで行って東京駅まで歩くのが早い、とのこと。 しかしどこの誰がなぜとも知れない「人身事故」のために利用者が余分な出費を強いられるのが納得できない。
まだ時間に余裕があるし、山手線外回りで上野まで行って、上野から予定の新幹線に乗るという妙案を思いつく。
その結果… なんと、山形新幹線で上野に停車しない列車があるということを知らなかった。
上野駅で、すべて仕切り直し… 予約してあった昼食も変更しなければならない。
せめて、いったいどんな人身事故だったか知りたい。 (後日、検索するとこの事故で数万人に影響したとのことだが、どんな人の「人身」だったかは一切、記載なし。)
日曜朝に数万人に影響を与えるとは、なかなかのインフルエンサーではないか。 それにしても、日曜の朝にずたずたになった自分の死体を不特定多数にさらし、数万人に迷惑を及ぼす自殺を決行させるとは。 想像を絶する苦悩によるものか、確信犯か。
しょっぱなからこちらの予定がずたずたになった。 が、禍福はあざなえる縄の如し。 遅れてたどり着いた山形駅でさらに接続待ちをすることになり。 立ち寄った駅ビルで思わぬ買い物ができました。
10月27日(月)の記 生きる者の記録 日本にて
山形寒河江を出て、秋田の玉川温泉に向かう。
田沢湖駅からのバスが冬季運行時間に代わり、予約をした宿の「玉川温泉」とバス停の「玉川温泉」の関係など不安が残る。
いちばんの不安は翌日、玉川温泉から岩手釜石まで無事移動できるかどうか。
玉川温泉を意識したのは、毎日新聞記者だった佐藤健さんの遺著『生きる者の記録』。 検索してみると、佐藤さんは西暦2002年にこの連載をはじめ、12月に60歳で亡くなっていた。
佐藤さんはわが師匠・牛山純一のお気に入りの新聞記者のひとりで、日本映像記録センターでの忘年会等に招待されていたと記憶する。 当時、ペーペーだった僕はお話しするような機会はなかった。
末期ガンと診断された佐藤さんは、同じ境遇の人たちが救いを求める秋田の玉川温泉を取材する。 鬼気迫るお仕事だった。
その玉川温泉に、いつか行ってみたいと思っていた。
レジャーな豪華温泉とは趣を異にしていた。
日本最高レベルの強酸性泉。 入湯用の古眼鏡を用意して、指輪を外す。
大浴場には源泉100パーセントと50パーセントあり。 50にしておくが、体の切り傷にピリピリ電気のように染みてくる。
屋内の岩盤浴も体験してみる。 ときどき体位を変えないと火傷の危険があるという。 別料金で予約制、一回50分。 途中でうつらうつら。
地元の人同士の会話は聞き取りづらい。
食堂での地元の食材、郷土料理がうれしい。
10月28日(火)の記 銀河鉄道の熊 日本にて
祖国のワイドショー系は、大谷選手と各地の熊被害の話題ばかり。 昨年の今頃は、大谷選手ばかりだったな。
図らずも今年は、山形→秋田→岩手と、今年の熊被害最多地域を巡礼することになった。
山形だったか、訪問先で見せていただいた柿の実をたらふく食べたクマの糞の写真の生々しいこと。
秋田県下の新幹線の駅前の土産物屋。 クマが開ける危険があるので、自動ドアを手動に切り替えていますとの表示。 さすがに新幹線は自動だったけど。
そして、岩手。
秋田の玉川温泉では夜半から積雪が始まり、路線バスが来れないかもしれないとの宿内放送があった。 雪は雨に変わって止み、なんとかエクソダス。
岩手で目にした新聞で、今年は県下で5人のクマの犠牲者が出ていると知る。 都道府県で最多の由。
新花巻から、釜石線に乗る。 学生時代に遠野を訪れて以来かと。
知らなかったが、釜石線の駅は、銀河鉄道仕立てとなっていた。 新花巻駅の駅舎には宮沢賢治の『星めぐりの歌』の歌詞がたくみに配されていて、なんだかうるうる。 各駅にはエスペラントの表示もあり。
あと出しで、気づいたこと。 『星めぐりの歌』では2種類のクマが登場するではないか!
10月29日(水)の記 銀河鉄道の鹿 日本にて
岩手釜石のビジネスホテルで朝を迎える。 格安の部屋をネットで予約したのだが、どうしたことか豪華客船のような一室を提供してもらった。
釜石訪問の目的は、この拙作で紹介させていただいたイエズス会士・堀江節郎神父にお会いするため。 https://www.youtube.com/watch?v=gb4M1TD-Oco
堀江神父に初めてお会いしたのはサンパウロのサンゴンサロ教会で「シネマ屋」のミサの司式をしていただいた時。
堀江神父はその後、ブラジル北東部を経てこの作品の時期のアマゾナス州マナウス、さらに東チモール、北アマゾンのロライマ州の先住民保護区での活動を経て出身地の岩手に戻られた。 80代半ばにして、四国の広さのある岩手県さらに東北各県に自ら車を運転して奔走されている。
佐々木治夫神父そして堀江節郎神父という、持ち味の異なるふたりのカトリック司祭に親しくさせていただいているお恵みに感謝。 僕はカトリックの教義より、こうした人に惹かれているのかもしれない。
今日は昼前に釜石を発つ快速列車でおいとまして、新幹線を乗り継いで一気に新大阪まで向かう予定。 が。
釜石線が陸中大橋駅近くでシカに衝突。 鹿身事故により、30分以上の遅れとなる。
新花巻駅から予約していた指定券がオジャンとなる。 あらたに遅い列車の予約をとるが、新花巻で時間が空いてしまった。
そのおかげで、駅前の山猫亭というお店であれこれ賢治グッズを買うことができた。 地元産の赤ワインもいただいてみるが、これはイマイチ。
10月30日(木)の記 熟年は高野をめざす 日本にて
今日のタイトルは、自分ですでに使っていたかもしれない。 ググってみると、意外にもひとつもヒットせず。
昨今の日本のビジネスホテルの朝食は、それぞれ特色を競い合うようでおもしろい。 今朝の新大阪の宿の朝食で、ポン酢マヨネーズというのが大阪名物と知る。
午前中は芦屋のカトリック施設を訪問。 その足で、高野山をめざす。
グーグルマップで折に触れてチェックしているが、起点と時間の微妙な違いにより、どの路線の組み合わせで高野山に至るかががらがら変わる。 紙の時刻表も参照しているが、私鉄やバスとなるとお手上げ。
どうやら、南海鉄道には有料の特急があるようだ。 今回は通常の「清貧」モードを時には外すことにしている。
未知の私鉄の有料特急は乗り方の勝手がわからないが、乗れた。 早い、がらがら、快適。 高野をめざす乗客は大半がコーカソイド系観光客。
東北ミッションをほぼつつがなく終えて、いよいよの高野山ミッション。 高野山参拝は、僕は二度目。
先回とは異なる宿坊を奮発した。 高野山の夜の早いこと。 シャッター街と化したメインストリートで、築200年という書店兼文房具屋兼土産物屋がまだ開いていた。 なかなか楽しいものを置いていて、あれこれ購入。
夜の奥の院ツアーというのに参加してみるかどうか、迷う。 これに参加するとなると、せっかくの宿坊の精進料理の夕食をを夕方5時台にお願いすることになる。 して、せっかくの小堀遠州作の庭園のある宿坊。
奥の院再訪は、明日にするか。
10月31日(金)の記 雨の奥の院 日本にて
高野山は雨。 宿坊で朝のお勤めに参加したあと、朝餉をいただく。
透明傘を借りて、奥の院のお参りをする。 数百年を経た墓石群の路をゆきながら、墓というものの意義を考える。
帰りに寄った女系家族の経営する土産物屋で、ブラジルから来たとカミングアウト。 盛り上がる。
ついで千住博画伯が襖絵を奉納した金剛峯寺、そしてもうひとつのミッションにあたる。
早朝から雨のなか歩きづくめ。 「奥の院」展を開催するミュージアムなども気になるが…、
山をくだって次の目的地・倉敷に向かうことにする。
|