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岡村淳のオフレコ日記
     西暦2026年の日記  (最終更新日 : 2026/07/20)
2月の日記 総集編 琉球のロゼッタ

2月の日記 総集編 琉球のロゼッタ (2026/02/03) 2月1日(日)の記 嗚呼在外選挙
ブラジルにて


国難ここにあり。

すでに傾き始めている祖国の存亡にかかわる選挙。
祖国での投票日はあと一週間、2月8日。
ブラジルの在外公館に出向いての投票は今日2月1日までだ。

さる7月の先回もそうだったが、なにが起こるかわからないのでなるべく最終日は避けたい。
しかし超短の選挙運動期間ながらトンデモな事態が続発している事態を受けて、今回は最終日の投票とした。

SNSで流れてくる在外公館の投票の状況としては、かつてないほどの人出、列とか。
わが家からは地下鉄を乗り換えるだけでサンパウロ総領事館に行けるものの。
よそでは飛行機を使って泊りがけで、あるいは隣国まで行っての投票といったのが少なくない。

して、海外最大の日系社会と言われるサンパウロの総領事館は。
いやはや、今回も僕以外の投票者らしき人は見かけることはなかった。
いっぽう総領事館側のスタッフは、ざっと見ただけでも20人はいただろう。
相当の日本の市民の血税を使用しているとみられる。

午後からはあいにくの雨もあった。
それにしても。

僕の周囲の日本国籍所有者を思い浮かべる。
祖国の諸々に批判的な人は多いが、在外選挙証を取得して投票をしている、という人は、いただろうか?

わが亡義父母が外歩きのできる時期には投票に言っていたのを想い出すぐらい。

在外選挙権獲得までの長い道のりの片鱗を知っているだけに、ただ情けない。

僕がサンパウロでエンピツ書きして二重に封をした投票用紙も、日本までちゃんと届くかどうか。
領事クラスがブラジルから飛行機の手荷物で担いでいって、日本到着後に速達で投函するとのことだが。


2月2日(月)の記 鬼と呼ばれた人々
ブラジルにて


調べてみると、去年は2月2日が節分だった。
今年は2月3日か。

恥ずかしながら、節分の日は年によって異なることをきちんと把握していなかった。

ブラジルで、節分、だからと言ってなにをするわけでもないのだが。

日本だったらコンビニで深夜、激安になった恵方巻を買うとか。

1月25日にYouTubeで公開をはじめた最新作『水俣ナゾの山岳遺跡を探る』の再生数が僕あたりにとっては尋常ではない数となり、驚いている。

友人知人から貴重なコメントや教示もいただき、これはありがたい。

なかでも「鬼」についての教示にこころを動かされている。

南回帰線の真下で祖国の節分、そしてオニとされた存在について、想いを馳せる。


2月3日(火)の記 迷宮のカナダ
ブラジルにて


正義とは。
平和とは。

本田哲郎さんの本が読みたかった。
と、わが家の埋没図書のなかに本田さんの『小さくされた者の側に立つ神』を発見!

こちらの知人に借りていた沖縄の金井創さん、島たづ子さんの著書を読み終えたので、さっそく本田さんの本にむしゃぶりつく。

して、思わぬ脇道に入ってしまう。

西暦1989年に日本で神父の殺人事件があったという記載。
はて、思い浮かばない。

検索。
1989年3月、神奈川のゆりが丘教会でカナダ人のボアベール神父という人が惨殺されていた。
今の僕と同じ年ではないか。
そして、犯人不明の迷宮入りだという。

検索を続けるが、あまりにも情報が少ない。
松本清張さんが『黒い福音』で追及した西暦1959年のBOACスチュワーデス事件のことは、かなり出てくる。
この事件で殺害された日本人女性と関係のあったのはベルギー人の神父だが、彼は捜査中に日本を離れて、カナダで天寿を全うしている。

近年になって日本のジャーナリストがカナダまでこの事件を追求したルポが出版されているようだ。
いっぽうそれから30年後のゆりが丘のボアベール神父の殺害事件は、あまりにも浮かばれない。

日本の敗戦直後に神奈川の保土谷教会で射殺された日本人神父の事件も迷宮入りとなっている。

日本のカトリック、迷宮入りばかりではないか。


2月4日(水)の記 蚊よけを忘れた
ブラジルにて


メトロで二駅先から少し歩く店に、水牛のミルクで作ったムッツァレイラチーズを買いに行く。

帰りは歩きで…

彼の店に寄るか。
僕の、究極の隠れ家カフェ。
半年ぐらいご無沙汰したかな。

築90年ぐらいのいわば古民家。
庭の植物がうっそうとしている。

この時期に行くなら、蚊よけ材があるのが望ましいが、忘れてしまった。

あいかわらず、廃屋かといった環境。
彼が迎え入れてくれる。

今日も他の客はゼロ。
他人のことを言える分際ではないが、経済的にどうしているのか…

クスクスをオーダー。
北アフリカ起源・イベリア半島経由でブラジルに入ってアレンジされた料理だ。

そこそこ時間がかかるが、本は持参した。
しかし昼なお照明が暗い…

蚊そのものの存在を確認していないが、肌の露出部がかゆい。
彼に頼んで、蚊よけの塗り薬を使わせてもらう。

やはり刺されたようだ。
日本の携帯蚊取線香が効きそうだ。

他の客を気にしなくてよさそうだから、次回は持参するかな。

店の存続を願うばかり。


2月5日(木)の記 原稿二昧
ブラジルにて


撮影から一年がかりの『水俣ナゾの山岳遺跡を探る』を完成してのスッキリ状態を心待ちにして、粛粛と作業をすすめたが…

いざその段階になると。
この作品のアフターケア、次回訪日に向けた諸準備、たまりたまった諸残務等々に埋没中である。

そして、日本語の原稿が二本。
これもじわじわと締切りが迫ってくる。

いっぽう、すでにこちらでは投票も終わった祖国の政情を考えると、いても立ってもいられない思いである。
こんな時に、原稿書きセラピーは悪くない。

午後、今日は久しぶりの近所の「庭カフェ」に行ってみた。
パソコン抜きに原稿の先を練って、メモ書き。

ここも蚊よけを持ってくるべきだった。
ここでも言えば蚊よけスプレーを持ってきてくれるけれども。

こちらの顔を覚えている女性の給仕が「あら―久しぶりねえ、どこかに行っていたの?」と言ってくる。
こっちの顔を覚えてくれたとはうれしいねえ、と返す。
もうひとり、こちらが覚えていない女性の給仕も「久しぶりねえ」と言ってくる。
昨今はブラジルでも、サンパウロの連中は24時間、時は金なりとガツガツせわしなくしている、と言われることしばしば。

この店は経営者の教育か、ほんらいのブラジル人のゆったりしたよさが保たれている。

二人目のカノジョと名前を伝え合う。
が、どうにもブラジル人には、JUNの発音がむずかしく、GILになってしまう。
やっぱりOKAMURAの方がいいね、ということで。
彼女の名前がまたむずかしくて。


2月6日(金)の記 森に行け
ブラジルにて


あれこれと追い込まれつつ。
日本の選挙が気になって心身ともに落ち着かない。

拙作『郷愁は夢のなかで』の主人公を想い出す。
ブラジル奥地の施設で祖国の阪神大震災のニュースを知り、心配のあまり衰弱死したという。

思い切って、森に行こう。
先日、近郊に向かう電車の車窓から見えていたあの森に。

地図アプリで調べると市立公園だった。
メトロと電車を乗り継いで、1時間あまり。

入口に警備員もいて、安心。
いやはや、やはり森はいい。

在来種の針なしハチの巣箱を外からだが観察できる施設もあり。

広い公園だが、運動をする市民や幼い子と母など、出会った利用者は10名足らず。

面積は50万平米を超えて、もとはドイツ系移住者の郊外住宅だったらしい。
それをここの市長の英断で森のまま残して整備したとある。

おう、久しぶりにツノゼミに出会う。

重かったこころがかなり楽になった。
風呂上りにも似たさっぱり感。

森よ、ありがとう。


2月7日(土)の記 昼のコリアン
ブラジルにて


土曜である。
昼は家族で外食に、ということに。

僕が先週、行った隣駅近くのコリアンに行こうということになった。

うわ、今日はキンパップがない、ブルゴギもないという。
家人がビビンバを頼んだので、僕は仕方ない、またチャンジャンミョンにする。

マッカリかソジュでも飲みたいところだが、売値の倍近い値段だ。
…おビールにしておく。

ここはオーダー後になかなかの時間がかかる。
注文はQRコードだから、今度来るときは事前に注文しておこうか、と家族と話す。

今日も3種の小皿料理が出るが、先週と同じもの。
今日はお代わりのサービスはなかった。

…コリアンを食べたいときは、コリアン街まで足をのばした方がよさそうだ。

オプションもあるし。


2月8日(日)の記 0208のこと
ブラジルにて


北日本は警報レベルの大雪の由。
選挙に投票に行こうとしての惨劇を懸念していた。

朝8時開始のミサにあずかるため、さすがにその間はスマホもサイレントモード。

終了後…
想像を超えるひどい結果。

がっくり。

おそるべし、エコチェンバー。
在ブラジルで投票かなわなかったが、先の都知事選。
SNSでフォローする限り、蓮舫さん優勢と見ていた。

現職の経歴疑惑、傲慢な言動は度し難いものがあった。
ところが蓮舫さんは、なんと第三位だった。

今回は、それをはるかに上回るひどい落差と激震。

嗚呼。


2月9日(月)の記 聖市の皿焼き職人
ブラジルにて


出ブラジルが迫る。

おかげさまで、日本の各地からうれしい悲鳴を上げるほどの上映会リクエストをちょうだいした。

上映する作品数は、10を超える。
それぞれの素材を新たに準備。

YouTubeにあげてある作品もあるが、DVDの方が画質は上だ。
YouTube版を上映して途中でCMが流れてもシャレにならず、Wi-Fi落ちもあるだろうし。
データで上映希望のところのデータ送りは、DVD焼きが終わってからにしよう。
そもそもパソコン出しの上映は、DVDデッキでの上映より見苦しく、トラブルが多い、というのが実感。

いまどきDVD焼きなんて、と「また」せせら笑う向きもあるだろう。
だがこれはブラジルでガラパゴス化した僕が、日本の数々の上映活動のなかで体得した、僕なりの知恵のつもり。

ようやく焼き上げたDVDは、一枚ずつ再生チェック。
数枚に一枚は不良があるのだ。

せんべいと違って不良品は食えない。
なにか不良DVDを「更生」させて再利用する方法はないものか。
検索してみるか。

コースター。
カラスよけ。

うーむ。


2月10日(火)の記 ナゾの竜田揚げに挑戦
ブラジルにて


日曜に買ったカツオの残りがある。
アラは、生姜煮にした。

ウエブでレシピをチェック…

竜田揚げ、竜田焼きか。
このセンでいってみるか。

うーむ、揚げるとかなり体積が減るな。
家族には好評。

たつた揚げというと思い出すのが、学校給食のクジラ竜田揚げ。
クジラの肉は、なかなか嚙み切れなかったなあ。

以前にも調べたが、なぜ「竜田揚げ」というのか忘れてしまった。
改めて検索…
「ちはやふる」奈良の竜田川のもみじの色にかけたとか?
Wikiによると、いつごろ、なぜ、よくわからないという。

「竜田川のもみじ」説、日本海軍の軍艦「龍田」説…
こんなこともよくわからないのだなあ。

日本唐揚協会などというのがあるのだな。
その大御所だろうか、竜田揚げは「小麦粉ではなく片栗粉でなければならない」と言明しているとWikiにある。

起源もわからないのに、エラそうではないか。

今回は、日曜のトンカツの時の残りの小麦粉があったのでそれを使ったのだが…
ま、片栗粉でもやってみるかな。


2月11日(水)の記 ヒンド・ラジャブの声
ブラジルにて


出ブラジルまで秒読み段階。
気ぜわしい。

さる上映希望先に作品をデータで送るために昨日から、久しぶりに準徹夜作業。
かつてはだいぶこれをやったものだ。
して、徒労どころか人生まれのひどい仕打ちを受けた。
その非道ぶりは、いずれ白日のもとに晒されるだろう。

日本の友人の頼みものを探して、昨日からサンパウロ市内をまわっている。
ネット買いだと、今週後半からカルナヴァル時期なので間に合いそうもない。

年末に発注したものの到着が1月10日過ぎだったし。

今日はメトロを乗り換えて、本命の店まで足をのばす。

時間調整をして、帰路に映画を見に行くことにした。
ガザを舞台にした実話をもとにした映画、というぐらいの予備知識で。

「半徹」明けで寝落ちが心配だったが…
エンディングで、言葉を失う。

ガザの町を車で移動中の市民の車がイスラエル軍に襲われた。
5歳の少女が生き残り、破壊された車中から携帯電話で助けを求めるのだが…

祖国日本は戦争で儲ける国、他国に乗り込んで戦争のできる国へと舵をきりはじめた。
総理大臣自らが憲法違反の先頭にしゃしゃり出ている。

80年以上前の日本の戦争の体験を継承していくこともたいせつだが、現在進行中の戦乱をもっと日本国内、とくに若い世代と共有していくべきだ。

これもサンパウロで見たガザをめぐるドキュメンタリー映画は『手に魂を込め、歩いてみれば』のタイトルで日本でも公開すると知って、意外なことに驚きかつうれしかった。

今日の映画は…と思って検索。
『ヒンド・ラジャブの声』のタイトルで昨年、公開されていたと知る。

おそらくどちらも興行的には厳しかったのではないか。
それでもこうした映画が公開されることに希望を見る思い。


2月12日(木)の記 itigo itie
ブラジルにて


東洋人街に用足しと買い物に出る。

健康食品店に寄ったあたりでスコールとなる。
しばし雨宿り。

ボリビア人らしい女性がスペイン語で僕に尋ねてきた。
麺を売っているところはあるか、ということのようだ。
店の親父さんが露骨に嫌な顔をする。

雨は、小やみに。
近くの「日系の」ホテルの入り口にできたカフェが気になっていた。
開店当初はいつも満席っぽく、いまだ未踏。

今日は空席あり。
コーヒーのトニックウオータープラスライム割と…
雑穀入りポンジケージョをオーダー。

すこしの読書もできた。
お値段も許容範囲。

ここのホテルは名前が知られる割に、宿泊者からいろいろクレームを聞いていたが。
このカフェは悪くないかも。

店の名は…
itigo itie : 一期一会。


2月13日(金)の記 扶養家族を逃がす
ブラジルにて


わが家での滞在は3週間ぐらいか。
路上市で洗面器売りしていた、日本でいう玉レタスに潜んでいた。
こちらでは訳すと「アメリカレタス」と呼んでいる。

殻径5ミリ程度のカタツムリ。
おそらく外来種だろう。
レタスの小片とともに透明のプラスチックの容器で飼ってみることにした。

カタツムリもナメクジも、意外なことに新鮮な野菜類を好む。
とくにナメクジの場合、いたんだ野菜と一緒にしておくと、時を経ずに死んでしまう。
カタツムリは殻のなかに閉じこもるというサバイバル術があるのだが。
毎日、容器の手入れをしないほど気の毒なことになる。

数日後、家人がカタツムリが逃げたではないか、と台所で声を上げる。
流しの縁を這うものあり。
が、飼育中のものより一回り以上大きい。

別のがおそらくレタスから這い出したのだろう。

二頭を飼育。
カタツムリは一頭だけでも自家受精で産卵してしまう可能性あり。
共食いはないだろうが、どんどん増えてしまうかも。

家人より、僕の出家前に「処分」を要求される。
さすがにゴミ箱にぽい、はできそうもない。

わが共同住宅の庭スペースはバラなどが植えられている。
カタツムリには適さないだろう。

というわけで今日、メトロで二駅先の公園に出向。
二頭を小さな容器に移して。

おそらく外来種、農家にとっては害虫を自然林に放すのは気がとがめる。
が、この公園はもとは文化施設があったところ。
在来種の森の面影を留めるが、庭園用植物が植えられ、野生化したコーヒーの樹がそこかしこに見られるところ。

木陰の乾いた腐葉土の上に開放。
拙作『ナメクジの空中サーカス』のように、アリに襲われることを危惧。
だが、ここなら可能性がある。
午後には雨も来るだろう。

近くで昼食をして、現場に戻る。
おお、カタツムリの這い跡が光っている。
レタスや透明容器のなかではまるで這い跡がわからなかった。

どのぐらいまで成長するのか。
同定もかなわなかったけれど。

中学時代にこちらがズボラで殺してしまったセキセイインコのことを想い出してしまった。


2月14日(土)の記 カルナヴァル不戦戦記
ブラジルにて


ブラジルは、カルナヴァルに突入。
わが家は、混乱に巻き込まれないように、といったところ。

午前中、いくつか書類をプリントアウト。
さらにコピーをとる必要があるものは、至近のコピー屋で取ろうと出かけるが…

うわ、12時前なのにもう閉まっている。
ほんらいは午前中は開いているはずなのだが。
しまった。

近くの開いている文房具屋で、どこかコピーの取れるところを教えてもらう。
小さな店だった。
A4白黒一枚80センタヴォと書かれている。

3枚頼んで。
暗算して、2.4レアイスをコインで用意しておく。
ちょうどあった。

すると2.6だという。
しつこく確認すると、最初の一枚は1レアルだという。
いやはや。

せっかく減らそうとしていた少額コインが増えてしまった。


2月15日(日)の記 謝肉祭を斜に構えて
ブラジル→


旅支度の主なものは、ほとんど昨日までに終えたつもりだが…
何回、旅を経験してもこの落ち着かなさはなんだ。
なにか肝心なことを忘れている感。

わが家から何時にどうやって国際空港に行くかだけでも優柔不断に悩む。
料金、安全性、快適度…

要節約モードを優先しようと思うが、これだとひとつ外れるとヤバい。
世はカルナヴァルに突入していて、読めないことが多い。

家人が気を利かせて、近所に住むタクシー運転手に連絡してくれた。

最安手段の倍ぐらいの値段になるが…
ま、いいか。

運転手の都合がついた。
なんだか急にぐったり。
心臓までばくばくする。

すこし、横になれる時間はある。
休む。


2月16日(月)の記 女優のいどころ
→アメリカ合衆国→


そらの長旅の最大の喜びは、機内映画。

機内食も楽しみだが、機内食で人生が変わることはあまりないだろう。

サンパウロから乗継ぎのアメリカまでは、アメリカン航空。
まずチェックするのは機内映画のメニューの日本映画。

日本映画は数本だから、あまり迷うこともない。

『ゆきてかへらぬ』。
新作だが、よくもこんな映画が製作されたものだ。
おう、脚本は田中陽三。
僕のような「往年の」邦画ファンには懐かしい名前だ。
検索すると、この映画ははじめにこの脚本ありきだったのだな。

妖艶さを放つ女優は、広瀬すずさん。
昨今は「女優」という言葉を用いるのも覚悟がいる感があるけど、まさしく「花」だ。

サンパウロからの遅れで乗継ぎに不安もあったが、まにあった。
羽田までは、夢の日本航空。
よりどりみどりとまではいかないが、日本映画は充実していて当然。

おう、『おーい、応為』があるではないか。
これも女優がいい。
妖艶さというのとは違う、存在感。

えー、長澤まさみさんか。
ブラジルでNHKを見ることはますますまれになり、たまにネトフリを見る程度なていたらく。
日本の俳優事情はウン十年、更新できていないに等しいのだけれども。


2月17日(火)の記 祖国のあたたかさ
→日本


わずかな遅れで羽田に到着。
やれやれ。

荷物もぶじ到着。

仮にも年で一番寒い時期だろう。
スーツケースのなかに空港ですぐ着られるように上着を入れてきた。

そのことも忘れるほどのあたたかさ。
衣装のことをさほど気にしなくていい気候と環境はありがたい限り。

明日からの件で、さっそく電話やSNSで先方に連絡。

うわ、ないと差し障るものを持参するのを忘れてしまったようだ。
急ぎでいるものはほかにもある。
いつどこに買いに行くか。

岡村の訪日時に間に合うかどうかという、東京で入院中の人についても先方側の人とやりとり。
明日の面会時間に、こっちが間に合うか調整しよう。


2月18日(水)の記 深夜ドンキ
日本にて


さあ時差ボケだ。
まずはなかなか眠れない。

そうこうしているうちに、小腹もすいてくる。
すぐにでも入手しておきたいいくつかのものが気がかり。

思い切るか。
最寄りの24時間営業の「ドン・キホーテ」は…
ここから徒歩約30分か。

ふむ、近くに24時間営業の立ち食いそば屋もあるとアプリで確認。
午前3時半、出発。
サンパウロなら、まずこれをやらない。

うわ。
24時間営業のはずの立ち食いそば屋は閉まっていた!
営業時間についての表示もなし。
いやはや…

だが、主眼はドンキだ。
こっちは不夜城だった。
よくも開けていてくれるものだ。

必要なものは、三品。
レジの若い店員に聞きながら、どこにあるのか探す。

どれもそろうどころか、オプション色々で迷う。
さらにほかにも買い物。
アルバイトだろうか、レジの若い青年は僕ごときにも気配りある応対をしてくれた。

宿に戻って横になっておく。

今日中にやっておくことをやっておかねば。


2月19日(木)の記 宮崎和之さんの滝
日本にて


今日は都内での気になるミュージアムの展示見学、そのあとでお世話になっている方へのあいさつ、と考えていた。

ところが朝になってこれを知った。
https://www.facebook.com/photo/?fbid=7207332729359565&set=a.284936131599294

宮崎和之画伯は、この作品でレフリーをつとめる人。
https://www.youtube.com/watch?v=hbPeprIHvMQ
宮崎さんの連載する芸術論には、いつも勉強させてもらっている。

その宮崎さんがこのタイミングで個展を開かれているとは。
横浜の万国橋か。
万難を排したい。

明日未明からの沖縄ミッションの準備を手掛けつつ、いざ万国橋へ。

在廊中の宮崎さんと久々の再会。
展示作品は、宮崎さんの昨年のナイヤガラの滝訪問を画材としたものが中心。
アーチストが滝をどう表現するかは、興味深々。
直接、お話をうかがうこともできた。

できれば近くでカフェタイムをと、それなりに下調べをしておいた。

が、時間がおしてしまった。
さあ夜の約束にまにあうか。


2月20日(金)の記 ガンガラー
日本にて


沖縄で、洞窟が快適などというのは不謹慎だろうか?

早朝の羽田便に間に合うよう、未明に出発。
土産物ぎっしり、ノートパソコン、ポータブルDVDデッキ類も担いで。

モノレールの駅のコインロッカーに荷物を預けよう。
キャッシュレスでなかなか勝手がわからず、いやはや。

ガンガラーの谷に行ってみたかった。
人骨などが見つかり、発掘作業も行われている鍾乳洞。
開口部にカフェも設けているという。

ツアーやマイカーでないと、アクセスはあまりよくはない。
本数の少ないバスに乗るが、途中で事故にあう。

到着後にどこかで昼食をと思っていたが、それどころではない。

待望のカフェーは洞窟ツアー参加者限定、しかもツアー開始前の使用に限るという。
あわただして残念。

ツアーは見所たっぷり。
ガイドさんも、古代人にとってもこの洞窟は快適だったのではと語る。

ばか高いカプセルホテルに荷物を置いて。
夜はブラジル以来の畏友・翁長巳酉さんのPunga Pongaさんで拙作上映会。

宿に戻ってひとり沖縄名物「せんべろ」に出向くが…
夜10時以降は1300円で、料理のチョイスもなしだって。

といった塩梅で沖縄ミッションの始まりです。


2月21日(土)の記 浜比嘉再訪
日本にて


那覇のカプセル宿、深夜にトラブル。
これはまた、いずれ。

近くのカトリック教会の神父がブラジルの佐々木治夫神父ゆかりと知る。
きょう土曜は早朝6時半のミサがあるとウエブサイトで知り、行ってみる。

「突然中止になることがあります」の掲示があり、ミサはお休みだった。

午前中に沖縄の必須スポット・市場の古本屋ウララさんに顔を出すつもりだった。
が、店主宇田さんの急用で今日は臨時休業の由。

午後の上映会場にして今回の沖縄ミッションの発端となった浜比嘉島に公共交通でいくのは、なかなかややこしい。
バスを何本も乗りつながなければならず、接続はよろしくない。

スマホのアプリを繰るが、がらがら表示が変わってくる。

ようやく、これと定めたバスは、来ない…

あの学芸大学SUNNY BOY BOOKSの高橋さんが沖縄の浜比嘉島に移住して「本と商い ある日、」というお店をオープン。
その高橋さんのあらたな「グスク」でのライブ上映だ。
高橋さんは別件があって那覇までは迎えに来れないが、「海中道路」起点の与那城までは迎えに来てくれるという。

バスの乗り継ぎはなかなかだったが、車中でエッセイでも書けそうな出会いあり。

高橋グスクは、素晴らしい、のひとこと。
よくぞこれだけの良書を集めたものだ。

そして、グスク周りの人びとが絶妙。

質疑応答では上野英信や宮本常一といった名前も出てきて、しびれるヴォルテージ。

宿は高橋さんに手前の平安座島にとってもらう。
そう、あの島である。
この作品を、高橋さんのリクエストでグスクでも上映。
https://www.youtube.com/watch?v=xpTsX950mSQ


2月22日(日)の記 琉球のロゼッタ
日本にて


今日はまた盛りだくさんだった。

朝、那覇でのマルシェに出店する浜比嘉島の高橋さんに平安座島の宿に寄ってもらい、同乗。
この際、思わぬ「誤車」事件が。

車中で話が尽きないまま、もう那覇に着いてしまった。

ハンバーガーチェーン店で仕切りなおしてから…
沖縄県立博物館・美術館へ。

うわ、全部見るとなるとパックのサービス料金で3000円か。
インバウンド価格かよ。

僕のお目当ては「沖縄のロゼッタストーン」一点。
館内展示はチャンプルー状態なので、受付でこれがどこにあるかを尋ねる。
彼女はこれを知らず、岩石コーナーに行くように言うではないか。

ひょっとするとこの館にはない・展示してないのか?とうろたえる。

あったぞ、線刻石板!
実物が四点、展示されていた。
飽かずに眺め続ける。
ほんと、僕には珍しくあきない。

それにしても、ここの監視員は彼女ら同志であちこちでべちゃくちゃ私語を続けている。
これには、あきれる。

今晩の上映会場の南城市佐敷教会には、沖縄に移住した畏友の宮沢さん(和史さんではない)の車に乗せてもらうことにした。
沖縄のバス事情には、もうだいぶこりている。

蚊も歓迎に来る温暖な教会で、まずはセッティング。
この教会の牧師であり、辺野古の抗議船「不屈」の船長でもある金井創さんとは、初対面。
ご著書等から想像していたのとはだいぶ違う、穏やかで謙虚な方だった。
ここの教会関係者、地元の人、遠来の人たちが一期一会で寄り合って『赤い大地の仲間たち』を鑑賞。

まさに、ありがたい、のひとこと。


2月23日(月)の記 沖縄エマニエル夫人
日本にて


今日は朝から畏友の宮沢さん(りえさんではない)に沖縄本島を広くご案内いただく。
問題の辺野古も現地を見ることができた。

今回の沖縄訪問での願いは、やんばるの森に触れること。
まずは西側の大宜味村から。
喜如嘉の七滝、これはいい滝を見せてもらった。
道すがらにコーヒーが栽培されていたり。

夜の森の気配も味わいたい。
適当な宿は…
屋我地島のペンションイペーのオーナー、高橋さんがアダグランドホテルというのを紹介してくれた。
「清貧の」分際ではなかなかの大枚だが…ずっとあこがれていたやんばるの森だ、フンパツしよう。

なんとベトナムの技術者の設計で、資材も調度もベトナムから運んだという。
なにか『地獄の黙示録』につながる狂気を感じる。

このホテル、フロントもレストランもスタッフがすばらしい。
ホテルの敷地の池のある一角に、日没と日昇の前後にしばしばヤンバルクイナがやってくるという。

それらしい鳴き声は聞き、スタッフが藪に隠れたと教えてくれたが僕には目視できず。

夜、フロントでかけ流しされている写真家の湊和雄さんの撮った動画を見る。
と、夜回りをしていたスタッフが、 リュウキュウコノハズクが見れますけどよかったら、と声をかけてくれる。
うれしい。

日没時はクイナ狙いの観光客が何人か出ていたが、いまは僕だけ。

この宿で残念なのは、散策できる森の小径がないこと。

昆虫の密猟や、年中あらわれるというハブの被害の対策なのかな…

ちなみにホテルの外観を見て映画『エマニエル夫人』を思い出した。
この映画の舞台は沖縄だと思い込んでいたが、タイのバンコックが舞台だったのか。


2月24日(火)の記 沖縄の桃源郷
日本にて


日本ばなれしたリゾートホテルで、やんばるの一夜を過ごさせてもらった。
空は曇天となったが、日昇時にクイナ観察ポイントに行ってみる。

声はすれども、姿は見えず、といったところか。
今朝はトリ狙いで来ているのは若い女性一人。

あとで彼女はホテルのスタッフだと知る。

屋我地島のペンションイペーのオーナー、高橋章さんに迎えに来ていただく。
車中であれこれ話が弾む。
途中、脇道に入ってやんばるの亜熱帯林を観察。

木性シダ、陸貝(カタツムリ)類が豊富だ。

なつかしのペンションイペーに到着。
アットホームなまったり感がよろしい。

先回は立ち寄れなかった、ハンセン病療養施設愛楽園の資料館を訪問。
ペンションからサトウキビ畑やバナナ園をながめながら、歩いていける。

先回はすれ違いだった、章さんの御母堂に会いたかった。
いまは近くで別居されているという。
御母堂のところで一緒に食事を、ということになり、章さんに連れて行っていただく。

これが、驚愕!
かのジャングリアとやらもある、本部半島の山中だった。

峻険な山々、亜熱帯林に囲まれて。
いやはや、こんなところに来れるなんて。
ブラジル生まれの御母堂と、ポルトガル語交じりでお話。

彼女の生まれは、サンパウロ州の海岸山脈の地だった。
ここから、地続きかもしれない。


2月25日(水)の記 古書の錬金術師ウララさん
日本にて


沖縄・屋我地島、今朝は曇り。
ペンションイペーの周囲を散策。

まずは、海岸へ。
歩いてみると、いろいろなことがわかり、つながってくる。
日本聖公会の幼稚園。

おお、なんとペンション前の道のちょっと先に鳥居が。
拝所があるではないか。

朝食はオーナーの高橋章さん手づくりのパンのハンバーガー等々。
ただここで、まったりでれでれしていたい…

さて。
高橋さんに那覇空港まで護送してもらう。
車中も話は尽きない。

空港のロッカーに荷物を預けて、牧志へ。
悲願の、市場の古本屋・ウララさんへと向かう。
旅の前半は、乗り物の接続が悪かったり臨時休店だったりして、うかかがえていなかった。

牧志の市場そのものがリニューアルしていたとは聞いていたが…、
ウララさんと店主の宇田智子さんは、そのままあった。
あの『惑星ソラリス』のおうちのように。

と僕は感じたが、実際にはお店は広くなっていた。
店頭に拙著を配してくれている宇田さんの心遣いがしみる。

幾年月の空白をうめるように、会話。
そして今回の沖縄ミッションの報告。

ダメモトで、いまのぼくの沖縄への大きな関心についてかたる。
さすがにこれの関連図書はないでしょうねえ、と言うと…

宇田さんはしばしノートパソコンに向かってから、店の奥へ。
まもなくして、おったまげの本を差し出してくれた。

魔女、は失礼かもしれない。
古書の錬金術師、ここにあり。

これにて、沖縄ミッションコンプリート、の感あり。
奇想天外、だった。
さて、残務、そして帰路に向き合おう。


2月26日(木)の記 ブラジルから来た…
日本にて


沖縄からの帰還は、日付が変わってからになってしまった。
そこそこ疲労もたまっているが…

今日しかない。
先日、宮崎和之さんの個展訪問を優先して、あと送りにしてしまったことどもを。
杉並区郷土資料館での「原水爆禁止 署名運動への道」展。
コンパクトだが、これは見に来ておいてよかった。

圧倒的な権力と不正に対して、市民が声を上げてつながることの貴重な事例だ。
ついで江古田映画祭の準備に追われるギャラリー古藤さんに陣中見舞い。

さて、新宿からの夜行バス乗車までに…

いったん通り過ごした現地人経営のカレー屋に入る。
老人と、爺さん孝行な孫息子といった二人連れが先客。

お互いカウンターで、いやでも話が耳に入る。
青年は早稲田の学部生らしい。
老人は地域の稲門会の幹部のようだ。
老人はえんじ色、早稲田の校章を背に掲げるハッピをまとっていた。

青年は大学院まですすみたいという。
老人は自分が商学部を出てから企業をして、いかに活躍してきたかを長く語る。
青年はもっぱら聞き役。

これは、ブラジルからやってきたフショーの同学として、黙っているのも「怠りの罪」かも。
御仁の長い語りのわずかなあわいに、カミングアウト。

とくに青年は興味を持ったようだが、幹部は「あっ、そう」ぐらいのリアクション。

勘定を頼んで店のスタッフに聞くとネパール人だという。
日本政府の暴政を日本国民として、詫びておく。

夜行バスはせっかく三人掛けをフンパツしたが席は選べず、中央の席をあてられた。
いやはや。


2月27日(金)の記 京都そぞろ歩き
日本にて


朝6時過ぎ、京都駅着。

早朝から入湯できるところへとも考えたが…

烏丸三条駅から少し歩くらしいホテルにまずは向かう。
荷物を置かせてもらって、さて…

ホリーズカフェという、大通りに面した大きくゆったりしたカフェに入ってみる。
ここは電源もあって、まったりゆったり。
追加オーダーもするが、3時間過ごさせてもらった。

カトリック河原町教会の朝のミサにあずかって…
なんととブラジル人の若い女性に出会う。
しかも今宵の上映作品の舞台ミナスジェライス州からの研究者だった。

ついで、通に教えてもらったライカのギャラリーを訪ねるが…
これは場所といい建物といい、展示内容といい、おったまげ。

京都訪問は中学の修学旅行を嚆矢とするが、おもろいとこだ。
沖縄よりバス利用も別の国のように快適だし。

上映会場のキッチンハリーナさんも特筆の古民家オルガニックレストランだった。
『ブラジルの土に生きて』は主催者のチョイス。
これまた時局柄、絶妙。

ご用意していただいたお弁当は、京風沖縄料理。
これも美しくおいしかった。


2月28日(土)の記 京阪ダブルヘッダー
日本にて


今日は、午後から芦屋のセイドー文化センターというところで上映。
ここはカトリックのオプス・デイというグループの男性たちが共同生活をしている場でもある。
ここのウエブサイトを見ると、オプス・デイはおろかカトリック、キリスト教の語もちょっと見ただけでは見当たらない。
これでは、知らない人は怪しくて敬遠するだろう、と後で気づく。

上映担当者が奔走したものの、外部からの参加はわずかで、もったいない感じ。
こちらもここは初めてだったので、勝手がわからなかった。

夜は大阪のアジア図書館というところで、おなじみのたまい企画さん主催の上映。
会場は、まさしく本の迷宮。
以前の、大阪の別の私設図書館に比べると、はるかに本に「酸素が通っていた」。

上映はYouTube公開中の『水俣ナゾの山岳遺跡を探る』。
公開上映は、これが初めて。
主催者はじめノリのよい人たちが集まってくれて、うれしい。

懇親会は、階下の沖縄料理店で、めんそーれ。
眠らない町・京都の宿に戻る。





 


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