3月の日記 総集編 沖縄からの訃報 (2026/03/11)
3月1日(日)の記 今日の朝呑み 日本にて
京都の今日は、日曜日。 一昨日に続いて、カトリック河原町教会の早朝のミサにあずかることにする。 今日の神父さんの説教は得るところがあり、まさしく得をした思い。
ホテルへの帰路、錦小路の近くを歩いていく。
お。 午前7時から立ち飲みOK、グルメの達人をうならした豆富蕎麦を供するという店がある。 うーむ。 いったん通り過ごしてから、Uターン。
今日の上映は午後からだし、これは話のタネになりそうだし… 入店。 お酒は種類が豊富で選びきれない。 先客にすすめてもらう。
豆富蕎麦はいかにも京風。
四旬節でもあり、お酒はイッパイでやめておく。
午後は、立命館衣笠キャンパスで上映。 質疑応答では、アグレッシヴな方が二名ほど。 こちらもいい「免疫」ができるというもの。
明日は東京町田の山中で上映あり。 思い切って「のぞみ」をフンパツするが… 自由席は、名古屋まで座れず。 しんど。
3月2日(月)の記 町田のなまはげ 日本にて
そこそこに、へろへろである。
今日は午後から町田の山中の農村伝道神学校(農伝)での上映会。 上映前に、最初の上映作品『里山の冬の華』のロケ地である湿生植物園の現状を見ておかねば。 ぎりぎりまで、安息。
それでも小田急線を下り、車窓の多摩丘陵と里山の景観に心なごむ。
農伝には、今日の上映のサポートを買って出てくれたシンパたちがすでに集まっていた。 失礼して単身、隣接する野津田公園の湿生植物園へ。 あまりの景観の変容に驚く。
後で聞くに、昨年、僕が映像に収めたような光景は一期一会だったようだ。
メインの上映作品は『消えた炭鉱離職者を追って アマゾン編』。 昨日の体験があるので、トークもより堅固、かと。
鶴川の里に下りての懇親会。 先回の台湾料理屋はなかなかよろしかった。
今回はなぜか、秋田料理の「なまはげや」。 ここは座敷席で、懇親にはかえってよかった。 今日初めて出会って隣り合わせた人たちがそれぞれ盛り上がってくれている。 これぞオカムラライブ上映会の醍醐味。
想えば沖縄の佐敷教会の上映のあとの懇親会は、きりたんぽだった。 秋田といえば、落涙の聖母マリア像の奇跡だが...
3月3日(火)の記 ひなのせっくにへなへな 日本にて
しなくてもよさそうな用件を増やしてしまい… 今日は都下での撮影を予定していた。
が、天候は雨で寒い。 先方の希望で金曜日に変更することになった。
これは正直、ほっとした。 沖縄と関西、そして昨晩の疲れが蓄積している。 体もふらふら気味で、撮影に臨むのはしんどかった。
外が薄暗くなってから、学芸大学へ。 銭湯「千代の湯」入湯。 ここの炭酸泉がよい。 三人も入ればいっぱいで、今日も近くの洗い場で待機。
湯上りに、流浪堂さんを訪ねて沖縄ミッションのことなど報告。
明日も早朝出発を覚悟していたが、昼前ということになった。 ひと息つきつつ、来週はもう出ニッポンだ。
3月4日(水)の記 信州を信じて。 日本にて
神州は信じないけれども。
高校時代の友人の運転で、長野は松本を訪ねることになった。 北千住駅で待ち合わせ。
道中、彼の話が尽きない。 教育畑を歩き続ける男だが、彼がトイレ博士として知られる西岡英雄先生と面識があるというのには驚いた。 僕は書籍で接したのみだったけど。
長野に入り、諏訪湖のみえるサービスエリアで「トイレ休憩」。 ほう。 想えば、諏訪湖を俯瞰できる位置から眺めるのは初めてかも。 あっぱれな光景。
黒澤明の日本敗戦の前年公開作品『一番美しく』の♪国難ここにあり を想い出す。 ブラジルに帰ったら見直そうか。
今日のお宿は松本市の浅間温泉。 松本にこんな名前の温泉があるのを知らなかった。 ネットで検索すると温泉街のイメージだったが…
宿があるのは、田舎の住宅地といった感じのところ。 無色透明のお湯で夜は12時までだが、悪くなし。
地元の日本酒と赤ワインをいただくが… ワインは、ブラジルの安ものワインのお味でした。
3月5日(木)の記 50年の濡れ衣 日本にて
日本でそこそこ名のある大学の教授で、現代史を専門にするらしい輩が、こちらをさんざん利用しておいしいところ取りをしたあげくに。 悪意を持って「事実」を捏造してこちらへの誹謗中傷を繰り返し続けている。 これも、そろそろ事態が暴露されそうだ。
さて、今回僕を信濃路に誘った高校時代の友人は、歴史教育畑を歩んだ男。 彼から、しかるべき論文の抜き刷りをいただいたこともある。 彼の吹聴するのは、彼の記憶違いとウケ狙いによるものとみられるが、かわいらしいものだ。
いわく。 高校時代のオカムラが、体育の授業をサボって駅前のパチンコ屋に行った。 すると隣で当の体育教師がパチンコ台に向かっていた。 「お前、何してんだ!?」と体育教師に言われてオカムラは走って逃げた、という話。
彼は何度か僕の日本での上映会に参加、懇親会でこんな話を披露してはウケをとっている。
だが。 そもそも僕にこの記憶がない。 というより、高校時代にこのパチンコ屋に行った覚えもない。 映画のため授業をふけることはあっても、パチンコのためにというのは考えられない。 等々を僕が主張しても、教育者は「確かにおまえから聞いた」というばかり。
今日の午後、松本市の高台に移住したかつての同級生を訪ねる。 教育者はここでもこの話を披露。 が、正義感の強いという松本ニューカマーは「オカムラはそんなことはしない」と却下。
いまだ現役の教育者は、少しは誤解と発言を改める回路を有しているだろうか? この程度のことは笑い話ですまされるかもしれない。 しかし教育者という「権威」ある立場で、非対称的な立場に置かれている人たちに対して同様のことをしていないか、かえりみていただきたいものだ。
僕自身、さまざまな人たちの「証言」を記録して発表してきている。 僕には、その本人がこう言っているのを記録した、という以上のことは言えそうもない。
3月6日(金)の記 きよせ棒 日本にて
体調ははっきり言ってよくはないが…
今日は堂々、都下清瀬ロケ。 「清瀬」にはこれまで特に縁がなかったと思う。
場所は、日本社会事業大学。 この大学はGHQの肝いりで作られたという。 気分は、松本清張。
昨年、日本での撮影のためにネットで買った中古の機材を用いるが… 不慣れあり。 「演者」も試行錯誤中とみた。
どうにも操作があずましくない。 撮影分を見直そうとすると… データがない!
昨年は、編集作業中に記録データが消えた状態になってしまったこともあり。 いやはや、困った。
カネをいただいての撮影ではなく、すべてこちらの持ち出しとはいえ…
苦肉の策を思いつく。 どうやら、これで乗り切るというか、 結果オーライ、な感じ。
まことにスリリングでドラマチック。
なにを撮影したかは、またいずれ。
帰りに清瀬駅の売店で「きよせ棒」を購入。
3月7日(土)の記 高円寺 トッカの夕べに フマニタス 日本にて
明日は早朝から活動で、水戸泊の予定。 明後日の月曜は出ニッポンの前日で、東京で人と会うことになりそうだ。
時間がない。 今日のうちから少しでも出発の準備...
今宵はわが東京の地下シェルター、高円寺のToca de Aparecidaさんでの上映会。 今回の訪日ミッションで三度目の上映となる『赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み』の上映。
今日は常に増して多種多様な人たちが寄り合ってくれた。 あたらしい出会いと再会の数々に感謝。
3月8日(日)の記 常陸三題 日本にて
ふらふら、へろへろながら、そこそこの荷物を担いで出発。
品川発の常磐線を土浦で乗り換えて、神立。 この拙作の主人公にして畏友の櫻田さんに再会。 https://www.youtube.com/watch?v=lwrTthVMWfs
櫻田さんはこの学校の創設者にして経営者、そして教員かつ運転手も務めている。
生徒数の減少や自身の年齢からそろそろ閉校、とも聞いていた。 が、親御さんから頼み込まれるなどして、もう少しこの学校を続けてみるつもり、の由。
次いで水戸へ。 ホテルに早いチェックインをしてから茨城県近代美術館へ。 「藤田嗣治 絵画と写真」展。 時間がおしていたが、これは見ておいてよかった。
画家の富山妙子さんに、一期一会のロングインタビューをした時のことを想い出す。 富山さんはフジタのことをけちょんけちょんに言っていた。
奇しくもフジタがブラジルのリオを訪ねたのは、西暦1931年。 富山さんが客船からリオに降り立ったのはその30年後の1961年だった。
僕が富山さんにお会いしたのは、記録文学者の上野英信の仕事が契機だ。 富山さんは盟友であるはずの上野英信に対してもかなり批判的だった。 その響きはフジタに向けられたものに近かったな、と改めて気づく。
さて。 「水戸岡村会」の居城・手打蕎麦処にのまえさんでの岡村上映塾。 わが最新作『水俣ナゾの山岳遺跡を探る』の上映。
今回、日本で何軒の蕎麦屋の暖簾をくぐったか。 蕎麦のクオリティをウリにしながら、どこ産の蕎麦を用いているかを聞くと、わからなかったり、嫌がられることがしばしばだった。 多かった答えは「製粉所に任せていますので、わかりません」。
この店の店主にして畏友の眞家(まいえ)さんは故郷常陸産の蕎麦が最良と確信する。 さらに、仲間を集めて高齢化の進む蕎麦農家の援農までしている。 https://www.youtube.com/watch?v=PIh3eiyqaYM
眞家さんは水俣の作品を契機に「常陸風土記」まで引用しながら、郷土愛を語る。 わが意を得たりのリアクション。
ところが、どうも拙作のナレーションの音量が大きすぎて「地」の音声が聞こえにくい。 お店で導入している「5.1」という音声システムのためらしい。 今後、この作品を上映する時に留意しよう。
東京からこの上映に泊りで駆けつけてくれたふたりと、ともに宿に戻って。 ヤンキーなおねえさんの赤ちょうちんで「軽く」イッパイ。
3月9日(月)の記 川はいいな 日本にて
出ニッポンの前日は、水戸のホテルで朝を迎える。
今回のホテルは桜川畔で、窓から冬枯れの桜川も見下ろせる。 身心ともふらふら気味だが…、 最寄りのコンビニでコピーをとるため、朝食前に降りる。
ついでに川べりを散歩。 変死体に出会うこともなく、なんとも快適。
『川はいいな』という歌を想い出す。 西暦1972年のNHKのドラマ『天下御免』の挿入歌。
大岡昇平の『武蔵野夫人』や拙作『KOJO ある考古学者の死と生』の大森さんなど、水脈は拡がっていく。
昨夕の上映のために東京から泊りできてくれた友人夫妻と朝食、そして鈍行列車を乗り継いで帰京。
本を借りていた友人に会う。 コーヒーを飲みながらのコーヒー談義で、異常に盛り上がる。
離日前夜だが、思い切って江古田映画祭の『医の倫理と戦争』を見に行く。 冒頭で語られる防空壕暮らしのおじさんの話が圧巻。
離日前夜にアルコールをまるで飲まない、というのも珍しいかも。 当日にいただきましょう。
3月10日(火)の記 羽田の翼 日本→アメリカ合衆国→
乗合いタクシーをフンパツして、羽田空港へ。 アメリカン航空のカウンターで30分以上の待機。 事前に測っておいたが、荷物の重量はギリギリ。
羽田は、出国してしまうとフードコートぐらいしか飲食店がない。 出国前の、ゴジラが睨みをきかせるフロアで、祖国さいごの飲食をする。
先回、気に入ったお茶漬けやさんを再訪。 アジのなめろうをアテに、冷酒をいただく。
とにかく、ぶじに訪日ミッションを終えて出国と搭乗ができました。
機内映画のラインナップは、行きとまるで代わり映えがしない・・・
3月11日(水)の記 樹木考古学 →ブラジル
アメリカン航空機を乗り継いでのブラジルに戻る旅。 機内エンターティンメントサービスの映画は、日本映画が乏しいどころか、日本語版のものも乏しい。
残り時間も少なくなり、BBCのドキュメンタリー番組を見る。 機内でメモをしたものが見当たらないのだが、樹木考古学というのを紹介する番組が面白かった。
立ち木に、人為的に刻まれたものを研究するのだ。 たとえば、1944という年号とともにアルファベットで刻まれた名前。 この樹のあるのは、イギリスでノルマンディー上陸を控えた米軍兵たちが駐屯した場所。 研究者は、ノルマンディーに向かう若き米兵が刻んだのではと推測する。
そしてイギリスで帆船が制作されていた時代の、帆船用に残しておく樹の目印の刻み。 これが現在の人の高さに刻まれていることから、数百年を経て樹そのものは成長しても、人間の高さぐらいまでの部分は特に成長していないことがうかがえる。
今日では樹木になにかを刻むことは基本的にNGだ。 そうした「落書き」を僕自身、嫌悪感を持って見がちである。
だがこれも立派な研究の対象になるのだな。 故・古城泰さんが好きそうなジャンルである。
さあ、サンパウロに到着しました。 朝のラッシュにぶつかるが、ぶじに帰宅。
3月12日(木)の記 ヤキソバのナマ ブラジルにて
大人数用のヤキソバをつくる準備…
サンパウロの日常では、中国製の乾麺を用いていた。 今回はブラジル製の生麺を使ってみよう。
そのまま炒められそうだが、湯がいておくことにした。
乾麺よりカンタン感があり、食感もいいかも。 今日は具が足りなかったな。 日本で食べたヤキソバパンよりは具は量も種類も多かったけれど。
さあ何人分ぐらい用意したらよいか。
明日は野菜等の具材の買出しだ。
3月13日(金)の記 ヤキソバに泣く ブラジルにて
明日は、身内の家に20数名が集まっての昼食パーティ。
家の男主がシュラスコを焼き、僕はヤキソバをつくりましょうということになって。 何人分ぐらいの麺を用意するか。
生麺を多めに用意して、あと乾麺も備えておこう。
わが家の近くの日系食材店2軒を回る。 ひと袋500グラムのものが、邦貨にして約400yen。 2軒で値段は約25円の差がある。 いくつも買うとなると、ばかにならない。
こういう時は、東洋人街に行こう。 東洋人街の大型食料品店をハシゴ。
なんと。 ブラジルの中華系メーカーの生麺は存在せず。 わが地元にもあった日系メーカーのものは、地元よりひと袋で120円も高い!
とはいえ、モヤシは地元より安い…
地元に戻ると、より安い店の生ヤキソバはすでに売り切れ。 高い方で購入。
3月14日(土)の記 十二目ヤキソバ ブラジルにて
まだまだ時差ボケあり。 未明に起床、午後につくるヤキソバの具材を刻む。 ニンジン、ハクサイ、キャベツ…
牛のフィレミニオンにベーコンまで、ざっと十二品目以上になる。
衣装の件などもあって土壇場でバタバタ。 身内の家に行って気付く。 わが家の冷蔵庫にモヤシとベーコンを忘れてきてしまった。
まあ、しかたがない。
まずは生麺を湯がいて、四人前をつくる。 大皿に盛って。
さらに四人前。
メインはシュラスコ焼肉。 身内が20人以上、集まる。 タルト類の持ち寄りもあり。 ヤキソバはこれで間に合ってしまった。
自分では味見程度しか食べなかったけど。 モヤシを欠いたのが、残念。
さあ、今度は何をつくろうか。
3月15日(日)の記 くさらなくてもタイ ブラジルにて
今回ブラジルに戻ってはじめての魚の買出し。 家人から冷凍庫にいろいろある、と言われるが、ここはナマザカナが食べたい。
路上市のアニキが「タイ、キレイ」とタイをすすめてくる。
ブラジルでのタイ:PARGO は特に特別な魚でも高級魚でもない感じ。 そもそも僕も、さして好まない。 日本の淡水魚よかいいけど。
それでも近年では…愛媛の鯛飯や羽田の鯛茶漬けは悪くなかった。 タイ購入。
昼は、カルパッチョで。 …、並といったところか。
昼から仕込んで、夜は昆布締めと、あら煮。 悪くはなかったけど。 タイをねかせた後の昆布を何に使おうかな。
3月16日(月)の記 沖縄からの訃報 ブラジルにて
いつものことだが、深夜に目覚めてスマホをいじる。 嗚呼。
日本のキリスト教メディアの友人、そして琉球新報の友人からのメッセージ。 辺野古の抗議船が転覆。 船長と、修学旅行で訪れていた女子高生一人が死亡。
亡くなった船長は、三週間前に沖縄の日本キリスト教団佐敷教会で『赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み』の上映を主催してくれた金井創(はじめ)牧師だった。
まさか。 あまりのこと。 こちらからも続報を調べて、徐々に事態が明らかになってくる。
金井さんとは、面識がなかった。 今回の僕の沖縄訪問を知ったサンパウロの友人が、つないでくれた。
金井さんは当時、入院をしていて、上映日となった日は夕方まで汎沖縄の会議があったのだが、上映を快諾してくれた。
サンパウロの友人は金井さんの著書『沖縄・辺野古の抗議船「不屈」からの便り』の1と2を持っていて、僕は訪日前に借りて読み上げていた。
金井さんにはもうひとつ『生き方としてのキリスト教』という著書がある。 これは訪日してから読もうとネット買いしていた。
そして日本到着の翌日に宅配業者からの連絡。 配達中にこの本を紛失してしまったというのだ。
…、トボけられるよりは、正直さと誠意を評価するべき。 代価をお支払いするか、あらたに自分たちで同じものを手配するかの選択を問われて。 同じものを手配するようお願いしたが、明後日からの沖縄行きには間に合わない。
沖縄から戻って読み始めるが、キリスト教についての概論を平易にコンパクトに伝えてくれる。 僕あたりには、おさらいとして格好の書だ。
今回の沖縄の旅で、琉球新報に勤める友人に辺野古の現場を案内してもらった。 金井さんにはこれまで僕が辺野古に行かなかった理由を、フマニタスに関わった体験から話そうと思っていた。 が、上映のあとの身内での食事での席でもそうした話は出なかった。 金井さんからも辺野古に誘われることはなかった。
『抗議船』の本からの印象とは違い、金井さんは実におだやかな人だった。 上映前後でも、自分の主義主張を出さない進行をされた。
そのため、金井さん自身の拙作や佐々木神父に関するコメントを尋ね漏らしてしまった。 おいおいに、と思っていたのだが…
今日は一日、喪に服そう。
3月17日(火)の記 人間の正義 ブラジルにて
沖縄辺野古での、金井創牧師と女子高生の遭難事件。 はじめに偏見と悪意ありきで、しかも誤報をさらに曲解して、高みの見物席から犠牲者の側を叩く輩がウヨウヨいるのを痛感。
して、犠牲者の弁護側も含めて発言者のなかに金井さんの著書に言及しているものが寡聞にして見受けられない。 僕は遠くブラジルにいて、金井さんとはまさしく一期一会の出会いだったが、三冊の著書を読んでいる。
昨日のウエブ日記で記した金井さんの『生き方としてのキリスト教』の6Bエンピツで線引きしたところと、付箋を貼ったところをチェック。
この部分を書き出して、フェイスブックとX:ツイッターにあげることにする。
人間の正義は、時に他者を傷つけることすらあります。 自分の正しさをふりかざして、相手を断罪し、排除してしまうこともあります。 国のレベルでもそうでしょう。 多くの戦争は当事国同士が正義を主張してなされてきました。 どちらの国も自国側にこそ正義があると主張して戦争を行なってきました。 しかし聖書が言う正義とは、そのような種類のものではありません。 搾取され抑圧されている人々が救われること、ともすると十分な権利が保障されない寄留の外国人、両親を失って放り出されている子どもたち、夫を亡くしてよるべない女性たちがしいたげられるようなことは決してあってはならないこと、さらに無実の人が冤罪で苦しんだり殺されたりしないこと、このようなことこそが正義だというのです。 そしてこの意味での正義があるところに、本当の平和が訪れるのです。
金井 創(はじめ)著『生き方としてのキリスト教』より。
3月18日(水)の記 移民社会の死に水とり ブラジルにて
日本からのことづかり品がある。 手もとにあると、落ち着かない。
午前中、それを届けに東洋人街に出る。 僕より若いブラジル日系社会のオピニオンリーダーと、しばし雑談。 いろいろ、話はあるが…
明るい話は、ない。
日本人一世移民たちの死に水を、どうとるか。
もう、とったではないか、という思いもある。
まずは、こっちが養生しないと。
コリアン系のパン屋、華僑系のスーパーに寄って帰宅。
3月19日(木)の記 今日の1908 ブラジルにて
僕に沖縄・辺野古の事故で亡くなられた金井創さんを紹介してくれた小井沼眞樹子さんにお会いする。 パライゾ駅からくだった日系のカフェ「1908」にて。
小井沼眞樹子さんは、亡き夫の國光さんとともに岡村の最初の自主制作作品『生きている聖書の世界 ブラジルの大地と人に学ぶ』をプロデュースされた。 https://www.youtube.com/watch?v=gb4M1TD-Oco
金井さんが面識のない岡村の『赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み』の上映会の主催を快諾してくれた経緯などを確認する。
この作品の主人公の故・佐々木治夫神父だったら「摂理的な」とおっしゃりそうなものを感じざるを得ない。
3月20日(金)の記 望郷のサントス ブラジルにて
思い切ってサントスまでくだってみることにする。
地下鉄とバス使用。 運転ではないので楽チンである。
想えばサントスに立ち寄るのはかなり久しぶりになる。 クルマでも、素通りが続いた。
なかなかに面白いではないか。 人びともサンパウロの町よりかなりおっとりしている。
コーヒーを飲ませるレコード屋。 築200年以上のカトリック教会の昼のミサ。 サントス風メカジキ料理…
主目的は、コーヒー博物館。 かつてのコーヒー取引き市場ビルをリニューアルしたもの。 いつオープンしたか… そもそもオフィシヤルサイトはアクセス不能のまま。
その他の資料によると、オープンは1998年説、2000年説、こんなこともよくわからない。
展示の解説はポルトガル語のみだったが、コーヒー大国ブラジル、そしてコーヒーと日本人移民のあゆみをおさらいするのに格好でした。
3月21日(土)の記 キューバ風 ブラジルにて
キューバが米国の石油輸出取り止めにより、大停電などたいへんな事態になっているとの報。 ブラジルも救援物資を送り始めた由。
ブラジルはキューバから僻地への医師派遣などでお世話になってきた。 今こそキューバ支援を。
昼は家族と近くで外食。 キューバ風ビーフというのをオーダー。
料理名はよく聞くが、どういうものか把握していなかった。 検索すると、ビーフのカツに、あわせてパインなどのカツ。 これにギリシャ風ライスと呼ばれるニンジンやグリンピースのヤキメシが付くのが一般のようだ。
今日の店のはバナナ、リンゴ、ヤシの芽などのカツまで乗っかってきた。
調べてみるが、なぜキューバ風と呼ぶのかはわからない。 ただ、本国キューバにはこうした料理はなく、サンパウロの中心街が発祥らしい。
これをオーダーするとキューバに義援金が行くというわけでもなく、残念。
それにしても相当なヴォリューム。 夕食は、パスしました…
3月22日(日)の記 サンパウロにて アジーる ブラジルにて
日曜の路上市の、魚屋さんで…
アジをすすめられる。 アジだけど「大ぶり」と「中ぶり」の種類があって。 中の方を購入。
酢味で食べたい。 赤と黄色のパプリカも、紫タマネギもあるし、イタリアンパセリも買ってきた。 カルパッチョにいたしましょう。
さてアラをどうするか。 ナメロウにするのもめんどくさい。
味噌汁にしてみましょうか。 昆布だしも取って。
今日はほとんど実になった紫シソの束も買ってきた。 これの甘口醬油漬けがおいしくて。
3月23日(月)の記 サンパウロの聖骸布展 ブラジルにて
聖週間が近づき、隣駅にあるカトリックの大聖堂で「聖骸布」展が開かれている。 毎年この時期に開かれるようで、一昨年に見ているがまた訪ねてみる。
入場無料だが、月曜の午後のせいか、毎年同じものであきられたのか、他に訪問者がいない。
「聖骸布」とは処刑されたイエス・キリストのなきがらをくるんだとされる布で、カトリックの聖遺物とされている。
その真偽のほどはいまだに定かではない。 中世につくられたフェイクともいわれるが、それが21世紀の科学でも結論を出せないところがすごい。
布から実際にヒトのAB型の血液が検出されていて、布に写り込んだ遺体のあまたの傷跡を法医学的に分析すると聖書の記載に沿っている、という。 これが中世のフェイクだとしたら、作成者は相当の凝りようである。 AB型の血液型の男に激しい鞭打ちを行ない、頭にイバラをかぶせて、肩を損傷するほどの十字架を担がせて。 さらに手足にクギを打っての十字架へのはりつけてわき腹をヤリで刺す等々、イエスと同じような拷問を加えて殺害して、布をかぶせたということになる…。
いずれにしても尋常なものではないようだ。 日本の寺社で秘宝にされる河童や人魚のミイラとは比べ物にならない「出来」といってよさそう。
興味深い方は、ネットで検索していただくと、いろいろと出てきます。
3月24日(火)の記 所用でファヴェーラへ ブラジルにて
さて、思い切るか。 長年、使っていたDVDデッキが機能しなくなってしまった。
今後はポータブルのデッキをテレビモニターにつなぐか。 して、壊れた方を処分することに。
日本だったら処分するのに有料だろうな。
わが家から徒歩圏のファヴェーラ:スラム街に2軒の廃品回収業者あり。 これまでもそこにこの手のものを運んでいた。 無料での引き取りとなるが、ここなら部品の一部でも再利用される可能性あり。
通常、この辺はグラフィティ探しで立ち入ることがある。 今日は大手を振ってうかがいましょう。
入口にいたおじさんに用向きを伝えると、路上のピックアップトラックのところにいたあんちゃんを、アゴでさす。
彼にブツをわたすと「修理もできたのに」という。 そういってくれるだけでもうれしい。
テレビ回りが少し片付いた。
3月25日(水)の記 ブラジルの国宝 ブラジルにて
コロナ前ぐらいまではブラジルの新聞には毎日、その日の映画館のプログラムが掲載されていた。 週刊誌には別冊で映画をはじめイベント情報を満載していたし。
家計の切りつめで週刊誌の購読はやめてしまい、新聞の映画欄はなくなってしまった。
ウエブ上で今、どこで、なにを上映しているかを確認するのはなかなかややこしい…
日本でかなりの話題となりながら、こっちはほとんど予備知識を持たない邦画『国宝』の上映がはじまった。 今日、見に行くことにする。
3時間か… ミニペットボトルの空き瓶に緑茶を入れて。 スマホ情報の見間違いで別の映画館に行ってしまうが、時間にサバを読んでおいたので、上映館に間に合った。
水曜の午後イチだが、座席指定のミニシアターはかなり埋まっている。 スクリーンかぶりつきの席を選ぶと「テケツ」のおねえさんに「いいの?」と確認される。
いちばん前でよかった。 ポルトガル語の字幕入りヴァージョンだが、ブラジルにいることを忘れてしまうほど引き込まれていく。 ヒコーキで見ようなどというあさましい考えも実現できなくてよかった。
昨今の祖国日本はがっかりすることばかりだが、いまだこうした映画をつくってくれた。
客層は年配のシネフィルが中心。 が、スタッフクレジットが流れ始めると…
僕ひとりを残して、全員が退出してしまった。 かつて映画とスクリーンに愛を誓った分際として、意地で最後まで座り続ける。 掃除のおばちゃんに悪いことしちゃったかな。
3月26日(木)の記 ひゃっこいコーヒー ブラジルにて
彼岸も過ぎたが、暑さがぶり返してきた。 こっちは、秋。
二駅先まで、天然発酵パンを買いに行く。 今日はパルメジャンチーズとハーブ入りというのを選択。
このお店は喫茶スペースもあり。 アイスコーヒーを店内でいただこう。 そのための読み物も持ってきたし。
「冷(レイ)コ」と関西では言うそうだが、実際の使用例を聞いたことがない。 して「アイコ」という言い方は、されることはないのだろうか? まさか「不敬」にあたるから、ということもあるまーに。
通常ならアイスラテあたりをオーダーするところだが、ささやかな節約を。 うん、さっぱりしていていい。
「コールドブリュー」という言葉を知ったのは最近だ。 わが家でも水出しコーヒーをやってみるかな。
3月27日(金)の記 ノルデスチから武蔵野へ ブラジルにて
先の訪日のアフターケア作業が続く。
少しリフレッシュしたい。 昼は徒歩圏にあるノルデスチ(ブラジル北東部)料理屋に行ってみよう。 久しぶり。 べろんとした会場のスペースがいい。
値段もお手ごろ。 ひとりでは食べきれない量だが、ひとり分の残りをお持ち帰りにするのも気が引けて。 「おビール」も「一本つけて」いたので、ゆっくりいただく。
帰宅後… 京都の新刊本屋で見つけて買った大岡昇平『武蔵野夫人』文庫版をひもとく。
その前に在ブラジルの若い邦人から、恋愛小説を推薦するよう頼まれた。 ...浮かんできたのが、この『武蔵野夫人』ぐらいだった。
僕のこの作品への関心は日本の「あの戦争」と縄文文化、人と水、そして武蔵野なのだけれども。
最初に読んでから、四十有余年。 自分のなかでこの小説をかなり「リメイク」していたことに気付く。
ついつい読み耽る。
3月28日(土)の記 リージョン問題 ブラジルにて
昨晩は、いっきに読み終えた『武蔵野夫人』の余韻に浸っていた。
わが家にはこれのDVDがある。 巨匠・溝口健二監督作品だ。
これも日本で購入して視聴してから20年ぐらい経っているかもしれない。 これといった印象も残っていないのだが。
この複雑な心理小説を、どのように映画化したのか改めて興味が湧く。 そしてどこまで当時の武蔵野が映像に残されているのかも。
ちなみに大岡昇平の小説の発表は西暦1950年、映画は翌年。 脚本は溝口を支えた依田義賢。 脚本化ということのお手本をみる思い。
小説版より映画の方はかなりストイック。
ラストショットは秀逸だな。
この時代で、ムサシノなんていまどきどこに残っているの?というセリフがあるのが印象的。
あ、そうそう、このDVDをポータブルDVDデッキをテレビモニターにつないでみようとして… 「リージョンエラー」が出てしまった。 そうだった、DVDは視聴可能な国・地域の区分けがあったのだった。 数日前に処分したデッキは、リージョンフリーだったことに今さら気付く。
いやはや。 しかたなく、外付け装置を使ってノートパソコンで視聴しました。
3月29日(日)の記 エーミール ブラジルにて
『エーミールと探偵たち』 エーリッヒ・ケストナー著 高橋健二訳。 岩波書店、第一刷発行西暦1962年。
ソコソコ図書館少年だったワタクチは、この本を読むことはなかったが存在は覚えている。 『名探偵カッレくん』の方は読んだ覚えがあるが、読んだことしか覚えていない。
昨年の訪日時、目黒の地下にあるブック居酒屋で『エーミール…』を発見。 お店のスタッフに、どうぞ差し上げますよと言われてちょうだいした。
日本で冒頭を読んでみたが、少年少女向けの約65年前の翻訳文に違和感があって、中断。
ブラジルに持ち帰って読んでみた…
ドイツが舞台の話で、刊行は西暦1929年。 ナチス台頭前のドイツ、そしてベルリン。 わが師匠の牛山純一プロデューサーや佐々木治夫神父の生まれる前年だ。
うわー、こんな話だったのか!
最初に解説を読んで、著者のケストナーも「カメオ出演」するとあったが、いい役を取ったものである。
して、「いまどき」はこういうストーリー展開もむずかしいだろうなあ。
3月30日(月)の記 wi-fiヤケ ブラジルにて
朝、スマホを繰るが、どうもおかしい。 やっぱり。 wi-fiが落ちている。
集合住宅で同じプロバイダを使っているところは、いずれも落ちている由。
集合住宅のネットワークでわかったことは、早朝に近くの大通りのトランスが発火、修理中とのこと。 プロバイダは夜までに修復予定なので「どうぞご安心を」とのメッセージ。
いやはや。 予定していたのは、wi-fiがないとできない作業ばかり。
たまるいっぽうの写真データの整理でも、と思い立つが… いつのまにかこれもオンラインにつながっていないと作業に差し障るようになっていた。
他にオフラインでできそうなことは…
日本から依頼をいただいた原稿。 これも、書き出してみると、提示いただいた字数にとても収まりそうもない。 増やしていただいた字数にもどうにも収まりそうもなく、とにかくひと通り書いてみてばっさり落とすことにしている。
訪日中もヒマをもてあましたらすすめようと思っていたが、Wordをひらく余裕もなかった。
久しぶりに開けて… 最初から読み直して、さっそく手直し。
そうこうしているうちに、昼前にwi-fiが復旧。
原稿の続きは、また今度。 今日はもうその気にならないが、愉快ではない返信のメッセージを2件ほど書き上げて送らねば。
3月31日(水)の記 庭カフェで にわか雨 ブラジルにて
午後の外歩き…
庭のあるカフェに行こうか。 虫よけも持っている、はず。
日本から担いできた資料類に目を通す。
パラソルを立てた庭部の席をとるが、時折り庭木の葉片などが落ちてくるのも一興。
女性のスタッフが、雨が降ってきたので軒の方に移りましょう、と言ってくる。 僕には雨のうちに入らない程度だが、もうドリンクもほぼ飲み終えた。
もう帰るからいいよ、というが、移りましょう、とコップを軒の席に持っていかれて。
そっちの席でしばらく座るが、かえって雨が強くなってしまった。
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